» 東海 » 静岡県 » 御殿場・富士・富士宮

大石寺

(たいせきじ)

歴史と信仰が息づく名刹

日蓮正宗の総本山であり、富士五山の一つでもあります。宗祖は日蓮聖人で、1290年11月15日に、第二祖(開祖)である日興によって創建されました。

寺の名前である「大石寺」は、地名の大石ヶ原(おおいしがはら)に由来しています。

国指定の重要文化財である五重塔や県指定の有形文化財である三門・御影堂などの古い木造建築物が立ち並んでおり、多くの信者や参拝者が訪れる寺院です。

概要

大石寺は、山号を「多宝富士大日蓮華山」といい、「大日蓮華山」と略されることもあります。この寺は日興の法脈を継承し、過去には富士門流に属する勝劣派や宗祖本仏論を奉ずる流れを持っていました。

静岡県の駿東地方に位置する「富士五山」の一つで、北山本門寺、西山本門寺、下条妙蓮寺、小泉久遠寺とともに同門流を形成し、さらに京都要法寺、伊豆実成寺、保田妙本寺と合わせて「興門八本山」と呼ばれることもありました。

明治時代には富士門流の統一教団日蓮宗興門派(のち本門宗)が結成され、興門八本山から管長が輪番制で就任しましたが、大石寺はその本末関係により独立し、日蓮正宗の総本山としての地位を確立しました。戦後は他の寺院と共に寺院の統合が行われ、現在は日蓮正宗総本山として独立しています。

広布の広場

大石寺は静岡県富士宮市上条2057番に位置しており、墓苑の一部は同市北山に属します。境内地は南北約1550m、東西約1150mに広がっています。作家の大町桂月は、「大石寺を見ずして寺を語ることなかれ」と評しています。

登山と参詣

日蓮正宗では、大石寺に参詣することを「総本山に登る」と表現します。1950年代初期には、創価学会の第二代会長である戸田城聖によって、創価学会員の月例登山会が大石寺に実施されるようになりました。

その後、法華講でも法華講連合会の発足後に法華講員の月例登山会などが行われるようになりました。

ただし、日蓮正宗信徒でない一般の人は、境内の散策や見学は自由にできますが、教義と防犯上の理由から奉安堂内部には立ち入ることはできません。

また、毎年4月6日・7日や11月20日・21日には法要が行われるため、その時はあらかじめ許可を得た信徒以外は参詣できません。

起源と歴史

大石寺の起源は、日蓮聖人の弟子である日興が身延山久遠寺を離れ、南条朝臣時光の招請を受けて1290年に富士山麓の大石ヶ原に移り住んだことに始まります。主要な弟子たちは塔中(脇寺)を建立し、これが現在の大石寺の原型となりました。

江戸時代前半には、第17世日精による御影堂再建、第25世日宥による三門建立、第27世日養による客殿再建、第31世日因による五重塔建立などで、江戸時代中期には主要な伽藍が整いました。

狩野派の絵師である狩野舟川の描いた『大石寺境内図』には、当時の大石寺の堂宇が精巧に描かれ、現在の景観と一致していることが分かります。

大石寺は「本門戒壇の根本霊場」として位置づけられ、本門戒壇の建立時には大本門寺を名乗るとの伝承もあります。「本門戒壇の大御本尊」が安置されていることから、この世における唯一の常寂光土とされています。

近世から近代へ

江戸時代には仏教の諸宗派の教学研究の拠点が各本山から檀林に移った時期であり、大石寺も日興門流の他の本山や日隆門流の本山と共に細草檀林を創設しました。

19世紀に入ると、大石寺から化主(檀林の主)が連続して輩出され、歴代96人中42人が大石寺の出身となりました。

江戸時代では大石寺は独礼席を許され、将軍家や大名家、皇室・公家などからの崇敬を受けましたが、布教活動は江戸幕府の厳しい統制を受けることとなりました。

明治時代に入ると、日蓮宗が一宗一管長制が敷かれ、日蓮宗興門派が独立するなどの動きがありました。その後、大石寺は日蓮宗富士派を経て、現在の日蓮正宗として独立しました。

境内

大石寺の境内には重要文化財である五重塔、県指定文化財の御影堂や三門などの堂宇があります。

五重塔

五重塔は1749年(寛延2年)に建立されました。東海道一の規模で、高さは34メートル。内部には31世日因が書写した本尊が安置されています。

大石寺では、すべての堂宇が南向きに立てられ、本尊は太陽の光を浴びるように南側から配置されています。ただし、五重塔は日蓮の教えを反映して、唯一西向き(中国・インド向き)に立てられています。

三門

三門は、総門(黒門)から北へ約400メートルのところに建つ大楼門で、間口24メートル、奥行11メートル、高さ22メートルあり、その規模は東海道随一。木造の朱塗りで、上部の楼台には本尊が安置されています。

江戸幕府の第6代 征夷大将軍 徳川 家宣からの富士山の巨木70本の寄進や、徳川家宣の正室・天英院から黄金1200粒の寄進を受け、1712年(正徳2年)に建立されました。

御影堂

御影堂は、大石寺の堂宇で、本堂の役割を果たす建物です。

1632年(17世日精の代)に徳島藩 初代藩主・蜂須賀至鎮の正室 敬台院の寄進によって建てられ、大石寺で最も古い建造物として現存しています。

最初は「本門戒壇大御本尊」が安置されていましたが、後に現在の常住板本尊(日蓮大聖人真筆本尊の模刻)に置き換えられました。

内部は歌舞伎座を模した造りで、中央部奥に須弥壇の上に御宮殿があり、内陣後部中央には法主の大導師席があります。

また、内陣の後方から左右両側に外陣が設けられています。御影堂の柱には金箔が施され、内壁や欄間などには芸術的な価値が高いとされています。

その他の施設

1998年には純和風の客殿、2002年には宗旨建立750年を記念して奉安堂(伝宗祖日蓮真筆「本門戒壇之大御本尊」を安置)が建てられました。他にも1958年に建てられた大講堂、1988年に建てられた六壷、1994年に建てられた広布坊などがあります。

境内の東方には11ヘクタールの広大な墓苑があり、約16,000基の日蓮正宗信者の墓があります。

総本山法主や僧侶の墓地に加えて、一般信徒の墓地には創価学会初代会長の牧口家や第二代会長の戸田家の墓があります。また、俳優の赤木圭一郎の墓もあるそうです。

境内には美しい桜の木が多く植えられており、特に中央塔中の枝垂れ桜は景勝地として有名です。御塔川(潤井川)や常灯ヶ峰の桜も静岡県内の名所として知られています。

ただし、毎年4月6日と7日に行われる霊宝虫払大法会の時は一般者の立ち入りが禁止されるので、訪れる際は注意が必要です。

境内には総門と三門を結ぶ石畳の道があり、総門から三門に向かう途中に広布坊や総二坊があります。これらの建物は信徒の宿坊や集会所として使用されています。境内には日本庭園「法祥園」もあります。

Information

名称
大石寺
(たいせきじ)
Taiseki-ji Temple
リンク
公式サイト
住所
静岡県富士宮市上条2057
電話番号
0544-58-0800
料金

無料

アクセス

富士宮駅からバスで30分

エリア
静岡県の観光地 御殿場・富士・富士宮の観光地
カテゴリ
 神社・仏閣・寺院・教会

Gallery

御殿場・富士・富士宮

静岡県

カテゴリ

エリア