松蔭寺は、静岡県沼津市原にある臨済宗系の寺院です。東海道五十三次の原宿に位置し、臨済宗中興の祖である白隠慧鶴(はくいん えかく)ゆかりの寺として知られています。地元では「白隠さん」の愛称で親しまれています。
松蔭寺の歴史は1279年(弘安2年)に遡ります。鎌倉円覚寺の無学祖元の流れを汲む僧・天祥西堂が開山したのが始まりとされています。しかし、その後の荒廃を経て、1624年(寛永元年)に沼津大聖寺の大瑞宗育によって再興され、京都妙心寺を本山とする本末関係が確立されました。
松蔭寺が全国に知られるようになったのは、臨済宗中興の祖である白隠慧鶴が住職となったことによります。白隠は1699年(元禄12年)、当地の商家に生まれ、15歳で松蔭寺で得度し「慧鶴」と名付けられました。その後諸国で修行を積んだ慧鶴は、1717年(享保2年)に松蔭寺の住職となり、「白隠」と号しました。
白隠の指導の下で、松蔭寺は全国から門弟が集う学びの場となり、その名声は広く知られるようになりました。1768年(明和5年)に白隠が入寂した後も、弟子たちによってその教えは引き継がれました。
大正時代には白隠ゆかりの龍沢寺の住職を務めた山本玄峰が松蔭寺住職も兼任しました。その後、松蔭寺は妙心寺派から独立し、「白隠宗」を名乗る単立寺院となりました。
松蔭寺山門は、2016年(平成28年)に国の登録有形文化財に指定されました。石瓦葺きが特徴で、江戸時代の文政期に建てられたものとされています。
1955年(昭和30年)に静岡県の有形文化財に指定された典籍で、元禄3年刊行の白隠手訳本です。
白隠が弟子の東嶺に贈った自画像が現存しており、1972年(昭和47年)に静岡県指定文化財となっています。
白隠禅師の晩年をモデルにした彫像で、2017年に沼津市有形文化財に指定されました。
本堂裏には白隠禅師の墓があります。白隠の墓は原宿の松蔭寺、三島市の龍澤寺、富士市の無量寺跡の3か所に分骨されています。
白隠禅師の逸話が伝わる黒松「摺鉢松」がありましたが、2010年に枯れたため伐採されました。現在は新たな松が植えられています。
JR東海道本線「原駅」から徒歩5分。周辺は「白隠のみち整備事業」により歩道や街路灯が整備されています。
富士急シティバス「白隠前」バス停から徒歩1分。