☰
✕

□ » 東海 » 岐阜県 » 飛騨・高山・白川郷

穂高岳

(ほたかだけ)

日本第3位の高峰を誇る北アルプスの名峰

穂高岳は、中部山岳国立公園内の飛驒山脈に位置する山々の総称です。標高3,190mの奥穂高岳を主峰とし、日本で3番目に高い山として知られています。日本百名山、新日本百名山、花の百名山にも選定されています。

穂高岳の山々は「穂高連峰」とも呼ばれ、槍ヶ岳と合わせて「槍・穂高連峰」と称されます。険しい岩峰が連なる雄大な山岳景観は、北アルプスを代表する魅力のひとつです。

山の位置と地形

奥穂高岳を中心に、北側には涸沢岳、北穂高岳などの峰々が連なり、周辺には前穂高岳、南岳、中岳、大喰岳などの山々が広がっています。さらに北に位置する槍ヶ岳までを含めた山稜は、槍・穂高連峰と呼ばれています。

前穂高岳を除く主な峰々は、長野県松本市と岐阜県高山市の境界付近に位置しています。地質的には、柱状節理が発達した穂高安山岩類が広く分布し、山岳氷河による浸食を受けて形成された険しい岩峰が南北に連なっています。

吊尾根と周辺の山稜

奥穂高岳の東側には、標高2,565.4mの屏風の頭や前穂高岳、明神岳へと続く山稜があります。前穂高岳と奥穂高岳を結ぶ尾根は「吊尾根」と呼ばれています。

前穂高岳から屏風の頭にかけての岩峰には、前穂高岳をI峰としてVIII峰まで番号が付けられています。また、明神岳の南側にある岩峰にも、明神岳をI峰としてV峰までの番号が付けられています。

槍ヶ岳から奥穂高岳へと続く山稜は、奥穂高岳から南西方向へ向きを変え、西穂高岳や西穂高独標へと連なります。この一帯にも穂高安山岩類が分布しています。さらに南西側には、比較的緩やかな地形をつくる滝谷花崗閃緑岩の分布域が広がり、その延長線上には焼岳があります。

登山ルートと山麓へのアクセス

穂高岳周辺には、上高地や新穂高温泉などを起点とする登山ルートがあります。奥穂高岳から吊尾根を経て前穂高岳方面へ進み、圏谷(カール)を下ると、上高地の河童橋方面へ至ります。

岐阜県側では、穂高岳山荘から白出沢を下るルートや、西穂高岳からロープウェイを利用するルートなどを通じて、新穂高温泉方面へ下山できます。

ただし、穂高岳周辺は急峻な岩場や険しい稜線が多く、登山には十分な経験と装備が必要です。天候や登山道の状況を事前に確認し、自分の技術や体力に合った計画を立てることが大切です。

険しい岩場と登山の拠点・涸沢

穂高岳は、剱岳、谷川岳とともに日本三大岩場のひとつに数えられています。特に、涸沢岳から南岳にかけての稜線の飛驒側には「滝谷」と呼ばれる大規模な岩場が広がっています。

滝谷は急峻な地形に加えて崩れやすい岩が多く、「岩の墓場」と形容されることもあります。また、前穂高岳の東側に位置する奥又白谷上部にも険しい岩壁があり、「前穂東壁」と呼ばれています。

涸沢カール

涸沢は、奥穂高岳と前穂高岳を結ぶ吊尾根の下に位置する、U字型にえぐられた圏谷です。夏でも雪渓が残ることがあり、穂高岳登山の重要な拠点として知られています。

夏には登山者が集まり、秋には山肌を鮮やかに彩る紅葉の名所として多くの人々を魅了します。険しい峰々と氷河地形が織りなす景観は、穂高岳を代表する見どころのひとつです。

山名の由来

穂高岳は、その山容が祭祀に用いられる御幣に似ていることから、かつて「御幣岳」と呼ばれていたとされています。

1646年(正保3年)の国絵図には「保高嶽」と記されており、これが穂高の名称につながったと考えられています。また、岐阜県の桂峯寺に所蔵されている円空作の十一面観音菩薩立像には、1690年(元禄3年)に「保多迦嶽」と記されていたとされます。1693年(元禄6年)には、穂高神社の宮司によって「穂高嶽」と記されました。

現在の名称が広く知られるようになったきっかけのひとつが、1909年(明治42年)に鵜殿正雄が槍ヶ岳から穂高岳への初縦走を行ったことです。

地質と火山活動による形成

穂高岳は、主に「穂高安山岩」と呼ばれるデイサイト質の溶結凝灰岩から形成されています。その起源は、約175万年前の噴火で発生した「丹生川火砕流」にさかのぼります。

この噴火では、約3万年前の姶良カルデラの噴火の約2倍、1914年(大正3年)の桜島噴火の約430倍、1991年から1995年にかけての雲仙普賢岳の噴火の約2,800倍に相当するマグマが噴出したとされています。

その後、約100万年をかけて地盤が約2,000m隆起し、現在の穂高岳を形づくる山岳地形が形成されたとされています。大規模な火山活動と長い年月にわたる地殻変動が、険しい岩峰の景観を生み出しました。

氷河地形の特徴

穂高山系には、涸沢カールをはじめとする多くの氷河地形が確認されています。1963年、国土地理院の五百澤智也は空中写真を分析し、従来は氷河地形と考えられていなかった横尾谷などについても、古い時代に大規模な氷河によって形成された地形であると認定しました。

五百澤は、約6万年前の「横尾氷期」と約2万年前の「涸沢氷期」を提唱しました。こうした研究により、北アルプスの山々が過去の氷河活動によって大きな影響を受けてきたことが明らかになっています。

穂高岳にまつわる歴史

記録に残る初登頂としては、1690年(元禄3年)に円空上人が「保多迦嶽」に登ったことが挙げられています。

1880年(明治13年)には、ウィリアム・ゴーランドが上條嘉門次の案内で明神岳に登頂しました。その後、多くの登山家や測量官が穂高岳周辺の峰々に挑み、初登頂や縦走、岩壁登攀の歴史を築いてきました。

特に1909年(明治42年)8月には、鵜殿正雄らの登山隊が奥穂高岳に登頂し、さらに槍ヶ岳への縦走を行いました。この登山は、現在の槍・穂高連峰の登山史において重要な出来事のひとつです。

穂高岳を構成する主な峰々

奥穂高岳(標高3,190m)

奥穂高岳は穂高連峰の主峰で、富士山、北岳に次ぐ日本第3位の標高を誇ります。北アルプスの最高峰でもあり、険しい岩稜と雄大な山岳景観で知られています。また、穂高神社の主祭神である「穂高見神」が降臨した場所とされています。

涸沢岳(標高3,110m)

涸沢岳は、白出のコルに位置する穂高岳山荘と北穂高岳の間にある峰です。周辺の涸沢は、特に秋の紅葉が美しいことで知られ、多くの登山者が訪れます。

北穂高岳(標高3,106m)

北穂高岳は、穂高連峰の北側に位置する山です。飛驒側には日本有数の岩場として知られる滝谷があり、険しい岩壁が連なる山岳景観を特徴としています。

前穂高岳(標高3,090m)

前穂高岳は、奥穂高岳と吊尾根で結ばれた峰です。北東方向に伸びる岩場が特徴で、周辺には険しい岩壁が広がっています。

明神岳(標高2,931m)

明神岳は、古くから信仰の対象とされてきた山です。穂高見命のご神体とされ、周辺の山岳信仰とも深い関わりがあります。

西穂高岳(標高2,909m)

西穂高岳は、奥穂高岳から南西へ伸びる細い稜線の先に位置する峰です。険しい尾根が続く山域にあり、山頂の特定が難しい山としても知られています。

間ノ岳(標高2,909m)

間ノ岳は、西穂高岳と奥穂高岳の間の稜線に位置する峰です。天狗の頭(標高2,909m)とも呼ばれています。

焼岳(標高2,455m)

焼岳は、穂高連峰の南端付近に位置する活火山です。過去には爆発的な噴火の記録があり、北アルプスの火山地形を特徴づける山のひとつです。

涸沢

涸沢は、穂高岳の山麓に位置する圏谷です。夏は登山の拠点として利用され、秋には紅葉の名所として多くの登山者を集めます。周囲の高峰と氷河地形が織りなす景色は、穂高岳の自然を象徴する風景です。

北アルプスの雄大な自然を体感する

穂高岳は、標高3,000m級の峰々が連なる北アルプスを代表する山岳地帯です。険しい岩壁や氷河地形、季節ごとに表情を変える山々など、壮大な自然景観に恵まれています。

登山の歴史や山岳信仰、火山活動と氷河によって形づくられた地形など、自然と文化の両面から魅力を感じられる場所です。登山を計画する際は、山岳地帯特有の厳しい気象条件や岩場の危険性を十分に理解し、安全を最優先に行動しましょう。

Information

名称
穂高岳
(ほたかだけ)
Mount Hotaka
エリア
岐阜県の観光地 飛騨・高山・白川郷の観光地
カテゴリ
山・峠・高原・湿原・渓谷

Gallery

飛騨・高山・白川郷

岐阜県

カテゴリ

エリア