☰
✕

□ » 北海道・東北 » 山形県 » 山形市・蔵王・天童

人間将棋

(にんげん しょうぎ)

武将や腰元が駒になる、天童の春を彩る迫力の将棋イベント

人間将棋は、山形県天童市の舞鶴山を舞台に開催される、全国的にもユニークな将棋イベントです。約2,000本の桜が咲く春の舞鶴山に巨大な将棋盤を設け、甲冑姿の武者や着物姿の腰元たちが実際の将棋の駒となって対局します。

対局は、戦国時代の合戦を思わせる演出の中で行われ、招待されたプロ棋士や女流棋士が指揮を執ります。大きな将棋盤の上を人が駒として移動する光景は迫力があり、通常の将棋とは異なる臨場感を楽しめます。

人間将棋は、毎年4月下旬頃に開催される天童桜まつりの主要イベントです。桜の名所として知られる舞鶴山と将棋の町・天童を象徴する春の風物詩として、多くの観客を集めています。

桜の名所・舞鶴山が巨大な将棋盤に

人間将棋の舞台となる舞鶴山には、約2,000本もの桜が植えられています。春になると山全体が桜色に染まり、その山頂に設けられた特設会場で人間将棋の対局が繰り広げられます。

戦国武将や兵士を思わせる衣装をまとった人々が広大な将棋盤の上を移動する姿は、まるで歴史絵巻のようです。将棋のルールを知らない人でも、合戦を思わせる演出や人間ならではの表情、会場の臨場感を楽しめるイベントとなっています。

イベント開催時には舞鶴山周辺で交通規制が行われ、山頂への車の乗り入れが禁止されます。そのため、会場へ向かう際にはシャトルバスの利用が推奨されています。舞鶴山の山頂には、天童と将棋の深い関わりを象徴する王将碑も設置されています。

1956年から続く天童の名物イベント

「将棋野試合」の故事に由来する人間将棋

天童の人間将棋は1956年(昭和31年)から行われている歴史あるイベントです。人間を将棋の駒に見立てて対局するという発想は、豊臣秀吉が伏見城で小姓や腰元を将棋の駒に見立てて行ったとされる「将棋野試合」の故事に由来しています。

この故事をもとに、天童の桜まつりを盛り上げる催しとして人間将棋が始まりました。長い歴史の中で形式を発展させながら、現在まで受け継がれています。

将棋駒の町・天童

江戸時代から続く駒づくりの伝統

人間将棋が天童で開催されている背景には、天童と将棋駒との深い関わりがあります。天童は江戸時代から将棋駒の生産地として知られており、藩主織田信美が米沢藩から駒師を招き、藩士たちに駒づくりを学ばせたことが、天童の駒づくりの発展につながったとされています。

こうして培われた駒づくりの技術は現在にも受け継がれ、天童は日本を代表する将棋駒の産地として知られています。将棋そのものだけでなく、駒をつくる職人の技術や地域の産業と深く結びついていることも、天童の人間将棋ならではの背景です。

プロ棋士が指揮する迫力の対局

人間将棋の初期には、地元の名士や市長などが対局の指揮を務めていました。その後、1972年(昭和47年)からプロ棋士がゲストとして招かれるようになり、舞鶴山山頂の整備された会場で対局が行われるようになりました。

さらに1992年(平成4年)からは、実際にプロ棋士が対局者として指揮を執る形式となりました。プロ棋士の読みや戦略に合わせて人間の駒が動くことで、通常の将棋とは異なるダイナミックな対局が展開されます。

戦国時代の合戦を再現するルール

人間が巨大な将棋の駒に

人間将棋では、通常の将棋と同じように先手と後手に分かれて対局します。ただし、実際の駒を動かすのではなく、戦国時代の兵士や腰元などに扮した人々が巨大な将棋の駒となって、盤上を移動します。

戦場を思わせる巨大な将棋盤の上で、人間の駒が指揮に合わせて進んだり退いたりするため、観客は一手ごとの動きを目で追いながら対局を楽しめます。戦国時代の合戦をイメージした衣装や演出も、イベントの大きな見どころです。

すべての駒を動かす独特の趣向

基本的なルールは通常の将棋と同じですが、人間将棋では、すべての駒を一度は動かすことが暗黙の了解となっています。そのため、一般的な将棋の対局とは異なる、人間将棋ならではの展開を楽しむことができます。

駒役を務める人々は一般から公募され、先手と後手で衣装の色が分けられています。歩兵役は女性が務めるなど、見た目にも分かりやすい工夫が施されています。

人間将棋ならではの見どころ

桜・将棋・歴史が一体となった春の風景

人間将棋の魅力は、将棋の対局だけにとどまりません。約2,000本の桜が咲き誇る舞鶴山、戦国武将を思わせる衣装、巨大な将棋盤、そしてプロ棋士による指揮が一体となり、独特の華やかな雰囲気をつくり出しています。

盤上では一手ごとに人間の駒が動くため、観客は通常の将棋観戦とは違った形で戦局を楽しめます。将棋ファンはもちろん、歴史や日本文化に興味のある人、家族で春のイベントを楽しみたい人にも親しみやすい催しです。

天童の将棋文化を象徴する「人間将棋」

人間将棋は、将棋駒の生産地として発展してきた天童の文化と、春の桜を組み合わせた特色あるイベントです。1956年から続く歴史の中で、舞鶴山を舞台にした天童の春の風物詩として定着しています。

巨大な将棋盤を舞台に、武者や腰元が駒となり、プロ棋士の指揮によって一手ずつ動いていく光景は、人間将棋ならではの迫力です。桜の名所、将棋の町、戦国時代を思わせる演出を一度に楽しめる、天童を代表する春の観光イベントです。

歴史

天童の春を彩る「人間将棋」は、1956年から行われている一大イベントです。人間を駒に見立てて将棋を指すアイデアは、豊臣秀吉が伏見城で小姓や腰元を将棋の駒に見立てて「将棋野試合」を行った故事に由来しています。

天童市は江戸時代から将棋駒の生産で知られ、藩主である織田信美が米沢藩から駒師を招き、藩士に駒作りを学ばせた歴史があります。現在でも日本の将棋駒の約95%がこの地域で生産されています。

1956年から天童市で桜まつりが開催され、その目玉イベントとして人間将棋が行われるようになりました。初期には地元の名士や市長が指揮をとっていましたが、1972年からはプロ棋士がゲストとして招かれ、舞鶴山山頂の整備された会場で対局が行われます。1992年からは実際にプロ棋士が対局者として指揮をとるようになりました。

ルール

将棋を戦国時代の戦に見立て、戦国時代の兵士や腰元に扮した人間が巨大な将棋の駒となり、「戦場」を模した将棋盤で相手の軍と戦います。戦の指揮は招待されたプロ棋士や女流棋士が務めます。

ルールは通常の将棋と同じですが、人間将棋ではすべての駒を一度は動かすことが暗黙の了解となっています。駒となる人間は一般から公募され、先手・後手で衣装が色分けされます。歩兵役は女性が務めます。

Information

名称
人間将棋
(にんげん しょうぎ)
Ningen Shogi - Human Shogi
エリア
山形県の観光地 山形市・蔵王・天童の観光地
カテゴリ
祭り・イベント

Gallery

山形市・蔵王・天童

山形県

カテゴリ

エリア