鳥海山大物忌神社は、山形県飽海郡遊佐町に位置し、出羽国一宮として知られる神社です。この神社は鳥海山の山頂に本社を持ち、山麓には吹浦（ふくら）と蕨岡の2か所に「口ノ宮」と呼ばれる里宮があります。
この神社の創祀は、第十二代景行天皇の時代、または第二十九代欽明天皇二十五年（564年）の頃に始まったと伝えられています。鳥海山が噴火するなどの異変が起こると、朝廷から奉幣があり、鎮祭が行われました。
本社は鳥海山の山頂に鎮座し、山麓には吹浦と蕨岡の二か所に「口ノ宮」と呼ばれる里宮が設置されています。御祭神は大物忌大神と月山神で、5月5日の例大祭と4日の前夜祭には吹浦田楽が奉納されます。
鳥海山大物忌神社は貞観四年（862年）に官社に列し、延喜式神名帳には名神大社として、吹浦鎮座の月山神社と共に記載されています。その後、出羽国一之宮となり、朝廷や武将たちの篤い崇敬を集めました。特に歴代天皇、八幡太郎義家、北畠顕信、鎌倉幕府や庄内藩主などが神社を篤く信仰し、寄進や社殿の造修が行われました。
中世には神仏習合により、鳥海山大権現として社僧が奉仕するようになりましたが、明治三年（1870年）の神仏分離により再び大物忌神社となりました。明治四年五月には吹浦口ノ宮が国幣中社に列しましたが、同十三年（1880年）七月に山頂本社を国幣中社に改め、同十四年には吹浦・蕨岡の社殿を口ノ宮と称し、隔年の官祭執行の制が定められました。昭和三十年（1955年）には三社を総称して現社号となり、山頂の御本殿は伊勢神宮と同じく20年毎に建て替える式年造営の制となっています。現在の御本殿は平成二十九年に造営されました。
平成二十年（2008年）には、山頂本殿から口ノ宮に至る広範な境内が国の史跡に指定されました。鳥海山大物忌神社は山形県飽海郡遊佐町にあり、式内社（名神大社）、出羽国一宮として知られています。旧社格は国幣中社で、現在は神社本庁の別表神社です。
鳥海山頂の本社と、麓の吹浦と蕨岡の2か所の口ノ宮の総称として大物忌神社と呼ばれます。出羽富士、鳥海富士とも呼ばれる鳥海山を神体山とするこの神社は、鳥海山の山岳信仰の中心を担ってきました。祭神は大物忌大神、豊受姫命、月読命で、特に大物忌大神は謎が多く、記紀には登場しません。
鳥海山は古代には国家の守護神として、また古代末期からは出羽国の山岳信仰の中心として崇敬されました。中世以降は農耕神として信仰され、現在の山形県庄内地方や秋田県由利郡、横手盆地などの諸地域で広く崇敬されています。
景行天皇または欽明天皇時代の創祀と伝えられますが、創建時期には諸説があります。鳥海山の登山口は矢島、小滝、吹浦、蕨岡の4か所が主要で、各登山口ごとに異なる伝承が伝わり、信徒が互いに反目し競争することも多かったため、定説を見ない状況です。
吹浦の社については、元禄16年（1703年）に芹沢貞運が記した『大物忌小物忌縁起』に、景行天皇のとき出羽国に神が現れ、欽明天皇25年（564年）に飽海郡山上に鎮まり、大同元年（806年）に吹浦村に遷座したとあります。この記述を踏襲して現在の社伝が作られています。
鳥海山の中世の信仰についてはまとまった記録が残っておらず、断片的な記録から推測されています。それによれば、幕府や南朝の有力者が両所宮や両所大菩薩へ寄進を行っていました。
吹浦と蕨岡の間で鳥海山の修行や信仰の形態について対立がありました。吹浦の信徒は山頂の鳥海山大権現を月山大権現と共にふもとへ勧請し、神宮寺で行事を行うなどしていましたが、蕨岡の信徒は山頂に直接奉仕していました。この違いから両者は度々争い、庄内藩や江戸寺社奉行に訴えが出されたこともあります。
鳥海山の名称は中世に入り使用されるようになり、鰐口の銘に「暦応5年」（1342年）の年号がみられます。鳥海山は修験道の霊山として信仰され、南北朝時代以降も多くの信徒によって登拝が行われました。
六国史によれば斉衡3年（856年）から貞観12年（870年）の間に出羽国では定額寺が6ヶ所指定され、神宮寺が存在していたことから、出羽における神仏習合はこの時期に始まったと推測されています。大物忌神社への奉仕も社家と社僧に分かれ、神仏習合の影響を受けました。
延長5年（927年）には『延喜式神名帳』により式内社、名神大社とされました。『延喜式』の「主税式」では、祭祀料2,000束を国家から受けていたことが記されています。当時、国家から特別な扱いを受けていたことがわかります。
鳥海山の噴火は大物忌神の神威の表れとされ、噴火のたびに朝廷より神階の陞叙が行われました。以下は時系列的に並べた神階の授与の記録です。
『続日本後紀』承和5年（838年）5月11日の条において、従五位上であった大物忌神を正五位下に1級進めていることが記されています。このことから、これ以前に神階の授位があったことは明らかですが、文献上の記録がないため最初の授位がいつかは不明です。
承和5年（838年）5月11日: 従五位上より正五位下勳五等へ進1級の陞叙。 承和7年（840年）7月26日: 正五位下勳五等を従四位下勳五等へ陞叙。この年、遣唐使船が海賊の襲撃を受けた際、大物忌神の加護により撃退できたとして神封2戸の寄進が行われ、仁明天皇の宣命が添えられました。 貞観4年（862年）11月1日: 正四位下勳五等へ陞叙。また、官社に指定されました。 貞観6年（864年）2月5日: 正四位下勳五等より正四位上勳五等へ陞叙。 貞観6年（864年）11月5日: 正四位上勳五等より従三位勳五等へ陞叙。 貞観15年（873年）4月5日: 従三位勳五等より正三位勳五等へ陞叙。貞観13年（871年）の大噴火沈静後、山頂社殿を再建し宿祷報祭記を行ったのを受けての陞叙。 元慶2年（878年）8月4日: 秋田夷乱（元慶の乱）の際、朝廷軍が敗退したため占った結果、大物忌神、月山神、小物忌神の3神が神気賊に帰して祈祷が届かなくなったとされ、爵級を増すことになり、正三位勳五等を正三位勳三等に進めました。これより前の元慶2年（878年）7月10日の条で神封2戸が加増され、4戸となっています。 元慶4年（880年）2月27日: 正三位勲三等より従二位勳三等へ陞叙。秋田夷乱（元慶の乱）平定後、平時に復したのを受けての陞叙です。これが中世以前の最後の昇叙の記録です。『本朝世紀』天慶2年（939年）4月19日の条では、出羽国司が官符を賜った際に正二位勳三等となっています。 元文元年（1736年）: 蕨岡の願い出により正一位勳三等に昇進しました。
山頂御本社には本殿、社務所、御室参籠所があります。行者岳と七高山の中間付近、外輪山から見下ろした山頂御本社境内の全景が見られます。境内は新山への登口に位置し、山頂へ向かう登山者の休憩地となっています。
山頂御本社の鳥居は新山登口側にあり、付近では休憩する登山者の姿が見られます。また、風雨激しい鳥海山山頂にあるため、神殿は屋根覆いによって守られています。
山頂御本社の社務所に隣接する「山頂御室小屋」は当社が管理しています。御室小屋では2011年から毎年7月上旬から9月上旬まで「鳥海山頂美術館」が開催されています。なお、御室小屋のほか、御浜小屋、河原宿小屋も当社が管理する山小屋です。
吹浦口之宮には一の鳥居があり、奥には二の鳥居が見えます。二の鳥居から続く急な階段を上ると拝殿と本殿があります。二の鳥居の近くには下拝殿があり、ここで参拝することもできます。手前の石柱は北畠顕信祈願の碑です。
吹浦口之宮の本殿は、2つ並んだ本殿の内、手前に大物忌神、奥に月山神が祀られています。この配置が両所宮と称される所以です。
平成25年（2013年）4月、吹浦口ノ宮の参道に高さ約3.6m、周囲3m、重さ約19tという巨大な雪見灯籠1対が設置されました。中国産の淡いピンク色が特徴的な「桜御影石」から成ります。
蕨岡口之宮には二の鳥居と随神門があり、随神門を潜ると三の鳥居に上がる階段が見えます。この付近には往古、別当であった龍頭寺があります。三の鳥居の下まで行くと拝殿を兼ねた巨大な本殿が見えます。
2014年公開の映画『るろうに剣心 京都大火編/伝説の最期編』では、蕨岡口之宮の境内でロケ撮影が行われました。緋村剣心と沢下条張が決戦を行う京都の神社として撮影されました。
鳥海山大物忌神社では、以下のような祭事が行われます。
1月1日: 歳旦祭 御頭舞奉納
1月5日: 五日堂大祈祷 （五穀の占）
4月8日: 祈年祭 （吹浦口之宮）
5月3日: 蕨岡口之宮例大祭 蕨岡延年奉納
5月4日: 吹浦口之宮例大祭 吹浦田楽奉納
5月5日: 吹浦口之宮例大祭
7月1日: 鳥海山夏山開祭 （吹浦口之宮）
7月14日: 鳥海山火合せ神事 （山頂、御浜、西浜、飛鳥、宮海など）
7月15日: 月山神社祭 （玉酒神事）
11月8日: 新嘗祭 （吹浦口之宮）
11月9日: 新嘗祭 （吹浦口之宮）
11月12日: 新嘗祭 （蕨岡口之宮）
重要文化財（国指定）:
鳥海山大物忌神社文書（正平十二年八月三十日北畠顕信寄進状、承久二年十二月三日鎌倉幕府奉行人連署奉書）
国登録有形文化財:
鳥海山大物忌神社蕨岡口之宮神楽殿
鳥海山大物忌神社蕨岡口之宮随神門
鳥海山大物忌神社蕨岡口之宮本殿
鳥海山大物忌神社吹浦口之宮本殿
鳥海山大物忌神社吹浦口之宮摂社月山神社本殿
鳥海山大物忌神社吹浦口之宮中門及び廻廊
鳥海山大物忌神社吹浦口之宮後神門及び玉垣
鳥海山大物忌神社吹浦口之宮拝殿及び登廊
鳥海山大物忌神社吹浦口之宮下拝殿
史跡:
鳥海山大物忌神社境内地
吹浦口ノ宮
蕨岡口ノ宮
森子大物忌神社境内（拝殿及び幣殿1棟は登録有形文化財）
木境大物忌神社境内と道者道
金峰神社境内
霊峰神社跡
鳥海山大物忌神社は、歴史的な背景と深い信仰に支えられた神社です。鳥海山の自然信仰と神仏習合、そして明治時代の神仏分離を経て、現在も多くの人々に崇敬されています。その壮大な歴史と文化遺産は、日本の信仰の 多様性と深さを示しています。