須磨海浜水族園から神戸須磨シーワールドへ
神戸須磨シーワールドは、長年にわたり親しまれてきた「神戸市立須磨海浜水族園」の歴史を受け継ぐ施設です。旧施設は「スマスイ」の愛称で知られ、2023年5月31日に営業を終了しました。その後、施設の民営化と再整備を経て、2024年6月1日に「神戸須磨シーワールド」として新たに開業しました。
神戸市立須磨海浜水族園の歩み
須磨海浜水族園の歴史は、1957年5月10日に開園した「神戸市立須磨水族館」から始まります。当初は神戸市交通局の管理下にありましたが、1987年に旧施設が解体され、新たな水族館として再整備されました。これが、後に「神戸市立須磨海浜水族園」として広く知られる施設です。
当時の新施設は、日本の大型水族館の先駆けとして注目を集め、多くの来園者に親しまれました。1987年には年間入場者数240万人を記録し、当時の日本記録を樹立しています。この記録は、その後、葛西臨海水族園や海遊館によって更新されました。
みなとオアシス須磨の構成施設
須磨海岸一帯は「みなとオアシス」に登録されており、須磨海浜水族園もその構成施設の一つでした。海辺の環境と水族館を組み合わせた観光エリアとして、地域のにぎわいを支えてきました。
旧施設の記憶を伝える映画『スマスイ』
2019年には、建て替えが決まった旧施設の思い出を次世代に伝えるため、映画『スマスイ』が制作されました。長年にわたって地域の人々に愛されてきた水族園の姿を記録し、その歴史を後世へ伝える作品となっています。
須磨海浜水族園が築いた飼育・展示の歴史
旧須磨海浜水族園は、飼育や展示の分野でも先駆的な取り組みを行ってきました。1977年には、世界で初めてロングノーズガーの繁殖に成功しました。また、関西で初めてラッコを展示するなど、珍しい生きものとの出会いを提供してきたことでも知られています。
波の大水槽「Wave Tank」
旧施設の代表的な展示の一つが、間口25メートル、水量1,200トンの「波の大水槽」です。造波設備を備えた水槽として世界初とされ、サメやウミガメなどが泳ぐ姿を観察できました。
2008年からは、水槽の前にこたつを設置し、暖まりながら水中の生きものを観賞できるユニークなサービスも実施されていました。
アマゾン館とさかなライブ劇場
「アマゾン館」には、日本初とされるチューブ型の水中トンネルが設けられ、ピラルクなどの大型淡水魚を観察できました。また、「さかなライブ劇場」では、ピラニアの群れが泳ぐトンネル水槽が設置されていました。
森の水槽北館・南館
「森の水槽北館」では、半地下式の水槽でハイギョやオオサンショウウオを展示していました。「森の水槽南館」ではアジアアロワナを展示し、須磨水族館時代から続く施設として親しまれてきました。
ラッコ館とイルカライブ館
旧施設には、ラッコの食事風景を見られる「ラッコ館」や、イルカのパフォーマンスを楽しめる「イルカライブ館」もありました。イルカライブ館は1989年3月27日にオープンし、毎日のイルカショーを通じて多くの来園者を楽しませてきました。
そのほかの展示・施設
園内には、ウミガメプールやペンギンプール、標本展示室、和楽園展示館なども設けられていました。レストラン和楽園やスーベニアショップもあり、生きものの観察だけでなく、食事や買い物も楽しめる施設でした。
研究・教育活動への取り組み
旧須磨海浜水族園では、長崎大学水産学部の教授の協力を得てマングローブキリフィッシュを展示するなど、専門的な知見を生かした取り組みも行われていました。また、各地の大学生をインターンシップとして受け入れ、水生生物や水族館の仕事について学ぶ機会を提供していました。
旧須磨海浜水族園の建築概要
1987年に整備された旧施設は、神戸市と大建設計が設計を担当しました。建物は鉄骨鉄筋コンクリート造(SRC造)および鉄筋コンクリート造(RC造)で、地上3階・地下1階の構造でした。
竣工:1987年
設計:神戸市、大建設計
延床面積:12,505平方メートル
構造:SRC造、RC造
規模:地上3階、地下1階
展示水量:3,100トン(野外水槽を含む)
神戸における水族館の歴史
神戸の水族館の歴史は、現在の須磨海浜水族園よりも古く、明治時代にまでさかのぼります。市内では複数の水族館が開設され、時代ごとに展示や飼育の技術が発展してきました。
和楽園水族館の誕生
1895年、京都で開催された第4回内国勧業博覧会に協力した神戸市は、和田岬の遊園地「和楽園」に「和田岬水族放養場」を開設しました。これが、日本初の本格的な水族館の始まりとされています。
1897年には、大日本水産博覧会の開催に合わせて施設が充実され、会期中に「和楽園水族館」として開設されました。本格的な濾過装置を備えた施設で、インド風の斬新な外観も特徴だったと伝えられています。
湊川水族館の開設と閉鎖
1930年には、神戸海港博覧会に合わせて湊川公園内に「湊川水族館」が建設されました。しかし、第二次世界大戦の激化により1943年に閉鎖され、1945年の神戸大空襲で焼失しました。
その後、1957年に須磨水族館が開園したことで、神戸の水族館の歴史は再び発展していくことになります。
阪神・淡路大震災の影響
1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災では、旧須磨海浜水族園の建物そのものに大きな被害はなかったものの、停電によって濾過装置や温水設備が停止し、多くの生きものが犠牲となりました。この経験は、水族館の設備管理や生きものの飼育環境を考えるうえで、大きな教訓となりました。
民営化と再整備による新たな出発
神戸市は、須磨海浜水族園の民営化と再整備を進めることを決定しました。再整備事業では、サンケイビルやグランビスタホテル&リゾートなどで構成される企業グループが優先交渉権者に選定されました。
こうして、長年親しまれてきた旧須磨海浜水族園の歴史を引き継ぎながら、新たな施設として誕生したのが神戸須磨シーワールドです。海の生きものとの出会いを通じて、楽しみながら学べる水族館として、神戸の観光を彩る新たなスポットとなっています。