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興亜観音

(こうあ かんのん)

熱海伊豆山の静かな観音霊場

興亜観音は、静岡県熱海市伊豆山に位置する観音像と、それを祀る宗教法人「礼拝山興亜観音」を指します。法華宗陣門流に近い系統を持ちながらも、独自の歴史と祭祀を持つ独立した寺院として知られています。現在は、創建者伊丹妙浄尼の意向を受け、日蓮宗への帰属に向けた手続きが進められています。

この観音像は、日本国内外から参拝客を広く受け入れる宗派を問わない寺院であり、特別な歴史的背景を持つ観音像として注目されています。

興亜観音の沿革

創建の背景

興亜観音は、1937年(昭和12年)に勃発した日中戦争における上海派遣軍司令官であった松井石根陸軍大将が、退役後の1940年(昭和15年)に建立しました。松井大将は戦没者を「怨親平等」の精神で祀るため、私財を投じてこの地に聖観音像を建立しました。この観音像は、上海大場鎮周辺などの戦場の土と日本の土を混ぜて作られたものです。

開眼式

同年2月24日、芝増上寺の大島徹水僧正(浄土宗)をはじめ、多くの名士が参列して開眼式が行われました。松井大将は近隣に庵を構え、毎朝観音経を唱える日々を送りました。

A級戦犯の遺骨埋葬

興亜観音は、特に極東国際軍事裁判でA級戦犯として処刑された七名の遺骨が埋葬されていることで知られています。これらの遺骨は、関係者によって密かに収集され、最終的に興亜観音に安置されました。1959年(昭和34年)には、吉田茂元首相の揮毫による「七士之碑」が建立され、遺骨はその下に埋葬されています。

その後の供養

その後、BC級戦犯を含む刑死者や戦没者を祀る碑が建立され、現在では合計1,068柱が供養されています。このような背景から、興亜観音は「小さな靖国神社」とも称されています。

興亜観音の特徴

宗教的独立性と運営

興亜観音は、墓地や檀家を持たない寺院であり、一般からの支援によって運営されています。護持団体としては、1942年(昭和17年)設立の「興亜観音奉賛会」が活動してきましたが、高齢化などにより一部の組織は解散しています。

特記事項

平成10年より伊丹靖明氏が運営に携わり、現在では妙浄尼が住職を務めています。また、平成26年には金銭不正疑惑が浮上しましたが、静岡地方検察庁の捜査により事実無根とされています。

事件と因縁

A級戦犯とウォルトン・ウォーカー中将の因縁

ウォルトン・ウォーカー中将は、東條英機らの絞首刑執行の責任者を務め、その後朝鮮戦争で指揮を執りました。しかし、1950年(昭和25年)の東條らの三回忌にあたる日に事故死し、これは「七士の祟り」とも囁かれました。その後、興亜観音で供養が行われています。

殉国七士之碑爆破事件

1971年(昭和46年)には、過激派「東アジア反日武装戦線」による爆破事件が発生しました。この事件では、七士之碑が破壊されましたが、興亜観音像は無事でした。碑はその後、有志によって修復されています。

アクセス情報

交通手段

電車とバス:JR熱海駅から伊豆東海バス湯河原駅行きに乗り、「興亜観音」バス停で下車。JR湯河原駅からも熱海・伊豆山方面行きバスでアクセス可能です。

興亜観音は、その歴史的背景と宗教的意義から、戦争の記憶を語り継ぐ重要な場所であり、訪れる者に深い感銘を与えます。

Information

名称
興亜観音
(こうあ かんのん)
Koa Kannon
エリア
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