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石室神社(石廊権現)

(いろう じんじゃ)

岩窟に佇む伊豆最果ての神秘社

石室神社(いろうじんじゃ、いしむろじんじゃ)は、伊豆半島の最南端に位置する石廊崎にある神社です。「石廊権現」や「石廊崎権現」とも呼ばれ、古くは「伊波例命神社(いはれのみことじんじゃ)」とも呼ばれていました。祭神は伊波例命(いわれのみこと)とされますが、詳細は諸説あります。

概要

石室神社の社殿は、海岸の岩窟上に建てられ、帆柱の上に造営された独特の建築様式を持つことで知られています。この神社は「伊豆七不思議」のひとつにも数えられています。

また、50メートルほど離れた岬の最突端には熊野神社が鎮座しており、事実上一体の神社として扱われています。

石室神社の歴史と伝説

歴史

石室神社の由来や創建時期については諸説あります。社伝によれば、文武天皇の大宝元年(701年)に初めて堂が建てられたとされ、当初は観音像と第六天神を安置していました。その後、修験道の祖とされる役小角(えんのおづぬ)が神託を受け、伊波例命を祀るようになったといわれています。

「石廊山金剛院縁起」の伝承

「石廊山金剛院縁起」によると、役小角が伊豆大島に流された際、十一面観音の神力を得て石廊崎に至り、さらに文武天皇4年(700年)に発生した大地震では龍と白鳥が現れ、この地を守ったとされています。また、村人が夢で岬の中腹に宝殿が浮かび上がる様子を見たため、実際に行ってみると十一面観音が安置された宝殿が見つかったとの伝説も残っています。

秦氏による説

秦の始皇帝の5世の孫といわれる弓月君が帰化し、「物忌奈之命(ものいみなのみこと)」と称されるようになり、その子孫である秦氏が建立したとする説もあります。この説が事実であれば、神津島の物忌奈命との関連性も考えられますが、詳細は明らかになっていません。

延喜式神名帳との関係

延喜式神名帳には、伊豆国賀茂郡に「伊波例命神社」が記載されており、一般的には石室神社に比定されるとされています。しかし、これについては後世の付会とする説もあります。

江戸時代から現代へ

江戸時代には、石室神社は「金剛山石室権現」として多くの人々の信仰を集めていました。また、韮山代官所を通じて徳川幕府から米2表の寄進を受けるなど、地域において重要な神社とされていました。「石廊崎権現の帆柱」の伝説が生まれたのもこの時代とされています。

明治時代の神仏分離により「石室神社」と改称され、現在の社殿は明治34年(1901年)に再建されたものです。海上安全、商売繁盛、学業成就の神として多くの参拝者が訪れています。

熊野神社の由来と伝説

お静と幸吉の物語

石廊崎近くの長津呂の郷に住む名主の娘「お静」と、漁師の「幸吉」の恋物語が熊野神社にまつわる伝説として語り継がれています。

身分の違いから引き裂かれた二人は、石廊崎と神子元島を挟んで灯りを焚き合い、互いの愛を確かめ合っていました。しかし、ある晩、幸吉の火が見えなくなったお静は、彼を探すため小舟を出しました。荒波の中でお静は神に祈り、その祈りが届いたのか無事に二人は再会し、結ばれました。その後、二人の親も許し、幸せに暮らしたといいます。

お静が灯りを焚いた場所には熊野権現の祠が建てられ、縁結びの神として信仰を集めています。明治初期の神仏分離により、現在は熊野神社と称されています。

アクセス情報と観光のポイント

石室神社と熊野神社は、伊豆半島の南端に位置する景勝地「石廊崎」にあります。海と山が織りなす絶景を楽しむことができ、多くの観光客が訪れる場所です。参拝とともに、周辺の観光もぜひお楽しみください。

Information

名称
石室神社(石廊権現)
(いろう じんじゃ)
Iro Shrine (Iro Gongen)
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