☰
✕

□ » 関西 » 奈良県 » 奈良市・生駒市

率川神社(子守明神)

(いさがわ じんじゃ こもり みょうじん)

奈良最古の子守の神社

率川神社は、奈良県奈良市本子守町に鎮座する由緒ある神社です。古くから「子守明神(こもりみょうじん)」として親しまれ、安産や子育ての神様として厚い信仰を集めています。

大神神社の境外摂社であり、正式名称は「率川坐大神御子神社(いさがわにますおおみわのみこのかみのやしろ)」です。『延喜式神名帳』にも「率川坐大神神御子神社 三座」と記され、式内小社に列せられています。

奈良最古の神社とされる歴史

率川神社の創建は、推古天皇元年(593年)と伝えられています。大三輪君白堤が天皇の命を受け、神武天皇の皇后である媛蹈韛五十鈴姫命(ひめたたらいすずひめのみこと)を祀ったことが始まりとされています。奈良市内でも特に古い歴史を持つ神社の一つです。

その後、元正天皇の命によって祭神の配置が整えられました。本殿中央に御子神である五十鈴姫命を祀り、右側に父神の狭井大神、左側に母神の玉櫛姫命を祀る、現在の三座の形になったと伝えられています。

中世から近代にかけての変遷

仁寿2年(852年)には、文徳天皇から従五位下の神階を授けられ、神封として6戸(左京4戸、丹後国2戸)を与えられました。

しかし、治承4年(1180年)、平重衡による南都焼討によって社殿が焼失しました。その後、建久元年(1190年)に興福寺の支援を受けて再建され、以後は興福寺の管理下に置かれました。

中世以降は春日若宮の神官によって管理されるようになり、「春日三枝神社(かすがさいぐさじんじゃ)」とも称されました。江戸時代には春日大社の大宮外院11社の一つとされ、明治10年(1877年)には、内務省の達しによって正式に大神神社の摂社となりました。

子守明神としての信仰

率川神社が「子守明神」と呼ばれるのは、本殿の中央に御子神である媛蹈韛五十鈴姫命を祀り、その両脇に父神と母神を祀っていることに由来します。親子三柱が寄り添うように鎮座する姿から、古くより安産や育児の神として信仰されてきました。

神社の南側を流れる川は「率川」と呼ばれ、この信仰にちなみ「子守川」とも称されています。神社の名前や周辺の地名にも、地域に根づいた信仰の歴史が息づいています。

祭神と社殿

三柱の祭神

歴史ある社殿の建築様式

社殿は、一間社春日造の三棟が並び、障屏によってつながれた構造になっています。それぞれの社殿の正面には七段の木製階段が設けられ、登高欄には擬宝珠が取り付けられています。

屋根は桧皮葺で、千木や勝男木が飾られています。建築様式から、江戸時代初期の建造物と考えられています。

奈良県指定有形文化財

中本殿・右本殿・左本殿の三棟は、いずれも奈良県指定有形文化財です。歴史ある社殿の配置や建築様式にも注目しながら参拝できます。

その他の境内施設

境内には、三柱の祭神を祀る本殿のほか、拝殿や摂末社などがあります。

三枝祭(ゆり祭り)

率川神社を代表する祭事が、毎年6月17日に行われる「三枝祭(さえぐささい)」です。「ゆり祭り」の名でも知られ、古式ゆかしい祭礼として受け継がれています。

三輪山に咲く笹ゆりは、古くから「さいぐさ」と呼ばれてきました。このゆりを神前に供えることから、祭りは「三枝祭」と名づけられたと伝えられています。

古式ゆかしい神饌と供え物

三枝祭では、伝統的な作法に従って神饌やゆりの花が神前に供えられます。

この祭りは、疫病を鎮めることを願う鎮花祭(ちんかさい)に由来するとされています。古い祭祀の形式を今に伝え、『神祇令』にも記されている歴史ある神事です。

ゆりを手にした七乙女の行列

祭典の後には、祭神である媛蹈韛五十鈴姫命の故事にならい、ゆりの花を手にした七乙女が町中を練り歩く華やかな行列が行われます。伝統的な神事と美しいゆりの花が織りなす光景は、三枝祭ならではの見どころです。

率川阿波神社

率川神社の境内には、末社の一つである率川阿波神社(いさがわあわじんじゃ)が鎮座しています。宝亀2年(771年)に大納言・是公によって創建されたと伝えられ、『延喜式神名帳』にも「率川阿波神社」と記された式内小社です。

祭神は事代主命(ことしろぬしのみこと)で、恵比須神としても親しまれています。

歴史と移転

率川阿波神社は、度重なる戦乱によって一時廃絶状態となりましたが、明治時代に再興されました。1920年に現在の率川神社境内へ遷座し、1959年の境内整備によって、住吉社や春日社とともに現在の位置に移されました。

境内には「享保3年(1803年)阿波社」と刻まれた石灯籠が残されています。かつての神社の歴史を伝える貴重な遺物です。

文学作品にも描かれた三枝祭

三枝祭は、その美しさと荘厳さから文学作品でも取り上げられています。作家の三島由紀夫は、小説『奔馬』の中で、登場人物の本多を通じて三枝祭の神事を称賛しています。

古代から受け継がれてきた祭礼が、時代を超えて人々の心を引きつけてきたことがうかがえます。

アクセス

バスでのアクセス

奈良交通バス「本子守町」停留所で下車すると、すぐです。

電車でのアクセス

率川神社は、奈良市中心部から訪れやすい場所にありながら、古代から続く信仰と伝統を感じられる神社です。安産や子育てを願う参拝はもちろん、奈良最古級の神社の歴史や、6月に行われる三枝祭の文化に触れる場所としてもおすすめです。

Information

名称
率川神社(子守明神)
(いさがわ じんじゃ こもり みょうじん)
Isagawa Shrine (Komori Myojin)
エリア
奈良県の観光地 奈良市・生駒市の観光地
カテゴリ
神社 神社・仏閣・寺院・教会

Gallery

奈良市・生駒市

奈良県

カテゴリ

エリア