☰
✕

□ » 北海道・東北 » 秋田県 » 由利本荘

由利海岸 波除石垣

(ゆり かいがん なみよけ いしがき)

江戸時代の知恵が今に伝わる海岸防災遺産

由利海岸波除石垣は、秋田県にかほ市の芹田地区と飛地区の日本海沿岸に残る江戸時代の石造土木遺構です。本荘藩の助成によって築かれたことから、地元では「万石堤(まんごくつつみ)」の名でも親しまれています。

この石垣は、日本海から押し寄せる激しい波や強風、そして波しぶきによる塩害から農地や農作物、人々の暮らしを守るために築かれました。また、当時の重要な交通路であった北国街道を保護する役割も果たし、地域の発展を支えた重要な土木遺産として現在まで受け継がれています。

海とともに生きた人々の知恵

江戸時代、日本海沿岸では新たな農地開発が盛んに進められていました。しかし、冬になると日本海から吹きつける強風や高波が海岸を浸食し、波しぶきが塩を含んだ霧となって田畑へ飛散する「塩霧(しおぎり)」による被害が大きな問題となっていました。

この塩害は稲や農作物の生育に大きな影響を及ぼし、農村の暮らしを脅かしていました。そこで本荘藩は海岸沿いに堅牢な石垣を築き、海岸の侵食を防ぐとともに、農地や集落、北国街道を守る大規模な防災施設を整備したのです。

高度な技術で築かれた石垣

由利海岸波除石垣は、直径30〜50センチほどの自然石を表面に積み上げ、その内部には小割石や砂利を詰める構造で築かれています。この工法は、18世紀末にまとめられた土木技術書『地方凡例録』にも記されている伝統的な築造方法と一致しており、当時の優れた土木技術を今に伝えています。

さらに石垣には、水が滞らないよう排水のための「水抜き」が設けられており、農業用水や背後の排水を妨げない工夫も施されています。見た目は素朴な石積みですが、その内部には先人たちの豊かな知恵と経験が詰め込まれています。

長い歴史の中で守り続けられた石垣

石垣がいつ築かれたのか正確な年代は明らかになっていませんが、現存する最古の資料は天明2年(1782年)の文書で、波除石垣の修理に必要な助成米を本荘藩へ願い出た記録が残されています。このことから、少なくとも18世紀後半以前にはすでに石垣が存在していたことがわかっています。

その後も文化元年(1804年)の象潟地震では石垣が被害を受けましたが、文化年間、嘉永年間、安政年間など何度も修理が行われました。本荘藩は毎年助成米を支給し、地域の人々とともに維持管理を続けたことで、今日まで貴重な遺構が残されています。

現代に伝わる貴重な文化財

現在では、芹田地区に総延長約370メートル、飛地区には鷲森・石崎・蟹坪・くずれの各所に石垣が残っています。高さは約1.2〜3メートルほどで、当時の姿を今に伝える貴重な史跡となっています。

その歴史的・学術的価値が高く評価され、1988年には芹田地区、1993年には飛地区が秋田県指定史跡となり、1997年には両地区を合わせて国指定史跡に指定されました。また、2006年には農林水産省の「未来に残したい漁業漁村の歴史文化財産百選」にも選ばれています。

地域の暮らしを支えた「万石堤」

地元では、この石垣を「万石堤」と呼び、大切に守り続けてきました。その名前には、本荘藩二万石の支援によって築かれた歴史が刻まれています。

石垣は単なる防波堤ではなく、農地を守り、交通を守り、人々の暮らしを支えた生活基盤そのものでした。地域の人々は長い年月をかけて修理と維持を繰り返し、自然と共に生きる知恵を次世代へ受け継いできました。

にかほ市を代表する歴史スポット

現在の海岸には消波ブロックが設置され、石垣は直接高波を受けることは少なくなりましたが、その姿は江戸時代の高度な土木技術や防災の知恵を今に伝えています。

日本海を望む海岸を歩きながら石垣を眺めると、荒波と向き合いながら暮らしてきた人々の努力や工夫を感じることができます。由利海岸波除石垣は、にかほ市の豊かな自然と歴史を象徴する貴重な文化遺産であり、地域の歴史を学ぶうえでもぜひ訪れたい見どころの一つです。

Information

名称
由利海岸 波除石垣
(ゆり かいがん なみよけ いしがき)
エリア
秋田県の観光地 由利本荘の観光地
カテゴリ
史跡・文化財・建造物・世界遺産

Gallery

由利本荘

秋田県

カテゴリ

エリア