橿原神宮が鎮座する橿原、わが国最大級の方墳・石舞台古墳で有名な明日香村、南に下れば金峯山寺と春の桜が美しい吉野山があり歴史と自然を楽しめる観光エリアです。
明日香・橿原には、飛鳥寺、奈良県立万葉文化館、キトラ古墳、安倍文殊院、今西家などの観光スポットがあります。
日本最古の信仰を今に伝える聖地 大神神社は、奈良県桜井市三輪に鎮座する、日本最古の神社の一つとして知られる古社です。『古事記』や『日本書紀』にもその名が記され、大和国一宮として古代から篤い崇敬を集めてきました。一般的な神社とは異なり、本殿を持たず、背後にそびえる三輪山そのものを御神体として拝むという、きわめて原始的な信仰形態を現在まで守り続けている点が最大の特徴です。 この姿は、社殿成立以前の日本古来の自然崇拝・山岳信仰を今に伝える、極めて貴重な存在といえます。 三輪山を直接拝む――本殿を持たない神社のかたち 大神神社には、本殿が存在しません。これは、三輪山が神の鎮まる「神体山(しんたい...»
談山神社は、奈良県桜井市多武峰(とうのみね)の山中に鎮座する、歴史と自然が深く調和した神社です。旧社格は別格官幣社、現在は神社本庁の別表神社に列せられており、日本史上きわめて重要な転換点である大化の改新と深く結びついた場所として知られています。 この地は、藤原鎌足と中大兄皇子(のちの天智天皇)が、蘇我氏打倒と国家改革について密談を交わした「談(かたら)いの山」と伝えられ、そこから「談山(たんざん)」の名が生まれました。談山神社は、まさに日本国家形成の原点ともいえる歴史的舞台です。紅葉の名所としても全国的に名高く、四季折々の自然とともに、歴史・信仰・建築美を体感できる観光地です。 神仏習合の...»
長谷寺は、奈良県桜井市初瀬に位置する、真言宗豊山派の総本山として知られる由緒正しい仏教寺院です。山号を豊山(ぶさん)、院号を神楽院(かぐらいん)と称し、西国三十三所観音霊場の第八番札所として、千三百年以上にわたり多くの人々の信仰を集めてきました。 初瀬山の中腹に壮大な伽藍を構える長谷寺は、四季折々の花々に彩られることから、古くより「花の御寺(みてら)」と呼ばれています。特に春の牡丹は有名で、4月下旬から5月上旬にかけては約150種類・7,000株もの牡丹が咲き誇り、境内一帯を華やかに彩ります。 文学と信仰に彩られた「花の御寺」 平安時代に入ると、貴族から庶民に至るまで「初瀬詣」と呼ばれる...»
安倍文殊院は、奈良県桜井市阿部に位置する華厳宗の名刹で、山号を安倍山と称します。本尊は文殊菩薩で、「三人寄れば文殊の智恵」ということわざでも知られる、日本を代表する智恵の仏さまです。創建は大化元年(645年)と伝えられ、日本の仏教史の中でも極めて古い歴史を誇ります。 当院は、京都・天橋立の切戸文殊、山形・亀岡文殊と並び、日本三文殊の一つに数えられ、「大和安倍の文殊さん」として古くから親しまれてきました。学業成就、合格祈願、厄除け、魔除けといったご利益を求め、子どもから大人まで幅広い年代の参拝者が全国各地から訪れています。 創建の由来と安倍一族の歴史 安倍文殊院の起源は、大化の改新を推進し...»
7世紀に宮都が置かれた地 国営飛鳥歴史公園は、奈良県高市郡明日香村に広がる、日本の古代史を代表する国営公園です。7世紀に日本の宮都が置かれた「飛鳥」の地に整備されたこの公園は、中央集権律令国家が誕生した時代の歴史的舞台を、自然とともに体感できる貴重な空間となっています。 飛鳥時代(592年~710年)は、日本が国家としての形を整え始めた重要な時期であり、仏教の本格的な受容、律令制度の基礎確立、外交や文化の発展など、日本史における大きな転換点が集中しています。国営飛鳥歴史公園は、こうした日本の原点ともいえる歴史と、明日香の美しい自然景観を守り、次世代へ伝えることを目的として整備されました。 ...»
日本仏教の原点を今に伝える古刹 飛鳥寺は、奈良県高市郡明日香村飛鳥に位置する、日本仏教史の出発点ともいえる極めて重要な寺院です。山号は鳥形山(とりがたやま)、現在は真言宗豊山派に属し、正式には安居院(あんごいん)と称されます。本尊は、日本最古の仏像として知られる銅造釈迦如来坐像(飛鳥大仏)です。 飛鳥寺は、推古天皇の時代、仏教を国家的に受容しようとする政治的・宗教的背景のもと、蘇我氏の主導によって建立されました。単なる一寺院にとどまらず、日本における仏教受容、国家形成、国際交流、技術革新のすべてを象徴する存在であり、飛鳥文化の中核をなした場所です。 飛鳥寺創建の歴史的背景 仏教公伝と蘇...»
石室に入れる日本最大の方墳 石舞台古墳は、奈良県高市郡明日香村に位置する、古墳時代後期(7世紀初頭)に築造されたと考えられている古墳です。国営飛鳥歴史公園内「石舞台地区」の中心にあり、国の特別史跡に指定されています。日本最大級の方墳であり、何よりも巨大な花崗岩を組み上げた石室が地上に露出しているという、他に類を見ない独特の姿で知られています。 現在では、教科書や観光パンフレットにも必ず登場するほど有名な史跡であり、飛鳥時代の政治・文化・土木技術を体感できる貴重な遺構として、国内外から多くの人々が訪れています。 名称の由来と伝説 ― なぜ「石舞台」と呼ばれるのか 石舞台古墳という名称は、...»
日本屈指の古刹でインド由縁の彫刻も圧巻 南法華寺は、奈良県高市郡高取町壺阪に位置する真言宗系単立の古刹で、一般には壺阪寺(の名で広く知られています。山号は壺阪山、本尊は十一面千手観世音菩薩で、西国三十三所観音霊場の第六番札所として、全国から多くの参拝者を集めています。 奈良盆地を一望できる高取山の中腹に伽藍を構え、古代から現代に至るまで、信仰・文化・芸能・国際交流の舞台として独自の歴史を刻んできました。特に「眼病封じの観音さま」として篤い信仰を集め、現在も多くの人々が祈りを捧げています。 壺阪寺の創建と由来 壺阪寺の草創は大宝3年(703)と伝えられています。寺伝『南法華寺古老伝』によ...»
牛乳ベースの汁で味わう鍋料理。飛鳥時代に唐から来た渡来人の僧侶が、寒さをしのぐためにヤギの乳で作った鍋料理が最初といわれている。鶏がらのダシ汁に白味噌と牛乳をたっぷり加え、鶏もも肉、にんじん、ささがきごぼう、白ねぎ、大根、もやし、しいたけ、白菜、水菜、豆腐、糸こんにゃくなどを煮こむ。食べる際は、しょうがや一味唐辛子などを加え、溶き卵につけるのが一般的だ。牛乳のにおいも強くなく、味はまろやか。あっさりしているのにコクもあり、栄養も満点だ。 「飛鳥鍋」は、奈良県の伝統料理で、鶏肉と野菜を牛乳とだし汁で煮込んだものです。 飛鳥時代に唐からの使者が伝えた乳製品が、孝徳天皇に献上され、喜ばれたことが...»
にゅうめんとは、素麺を温かいダシで食べる料理で、全国的に知られてはいるが奈良県が発祥の郷土料理。そうめんは奈良時代に唐(中国)の国から伝来した手法で、神話の三輪伝説から大和の中央にある三輪山麓が発生の地といわれ、現在も三輪そうめんとして有名。にゅうめんは、漢字で書くと「煮麺」となるが、その字の通りそうめんを煮たもので、冬は温かく、夏は冷やして季節の具を上に飾る。にゅうめんには、県産三輪素麺の中でも製造から1年以上経過したコシのある涸物(ひねもの)が適している。 奈良県桜井市三輪は、素麺の発祥地として知られ、ここで作られる素麺は「三輪素麺」と呼ばれています。1200年以上前、日本最古の神社であ...»
ユーモラスな亀の形をした、奥明日香産生芋100%の手作りこんにゃく。大正7年創業の老舗「徳星醤油」の木樽でじっくり熟成させた濃口醤油や、明日香村産鷹の爪などを加えて、ピリ辛風味に仕上げました。有機農法で育てた生芋をすりつぶして、低い温度からじっくり加熱。一晩熟成させるから、さっくりと心地よく、しこしことした弾力のある食感に。こんにゃく本来の濃厚なうまみや香り、歯ごたえを存分にお楽しみください。奈良県立万葉文化館のすぐ隣にあるお土産&軽食処「飛鳥の郷 万葉人」にて販売。...»
「大和鍋」とは、奈良県が平城遷都1300年に向け「奈良のうまいもの」として創作した料理の1つ。鶏と豆乳仕立てのスープに、揚げた大和イモが入るのが特徴。他に素麺・白菜・ニンジンなどが入っている。すりおろしてから揚げた大和イモから、旨味と香りが出て食べやすくなっている。大和イモは、キメが細かく大変粘りが強いのが特徴で、奈良に多いことから大和イモと呼ばれている。御所市では江戸時代から大和芋の栽培が行われてきた歴史があり、古くから産地として知られて、「御所芋(ごせいも)」としてブランド化をしている。...»
三輪地方は素麺発祥の地とも言われ、三輪素麺は三輪地方で生産されている素麺で、特産品となっている。冬は温かいにゅうめんで、夏は季節の具をのせて冷やし素麺で、大和では一年中食されている。特徴である細くこしの強い食感は、良質な小麦と水、熟練の製麺技術によって可能となる。今から1200年以上前に大和の中央にある三輪地域にて、素麺の原型である麦縄(むぎなわ)が作り始められたのが起源と伝わる。奈良時代の遣唐使により、小麦栽培・製粉技術が伝えられたとされている。江戸時代に「大和三輪素麺、名物なり、細きこと糸のごとく、白きこと雪のごとし」と伊勢参りにきた人々の間で評判となり、全国的に有名になった。奈良県の特産...»
古代米の代表種としても有名な“赤米”。赤飯のルーツといわれている。収穫量は少ないが、気候の変化や病気に強いという特徴があり、自然に自生している稲のほとんどは赤米だったという。古代から食料として重宝され、神仏へのお供えものなどにも使われていたが、1回の収穫量が多く、味の安定した白米の普及にともない、徐々に赤米は作られなくなっていったようだ。現代では、赤米の持つ栄養素が体に良いとされ、健康食としてたびたび注目を集めており、奈良県の名物のひとつとしても紹介されている。...»
夏の関西市場で高い評価を受けるほうれんそうを送り出しているのが奈良県の御杖村産。御杖村は標高が400~500メートルの中山間地域で、冷涼な気候と水が豊富にあり、消費地に近いことから30年程前からほうれんそう栽培がはじまったという。平成11年には予冷施設がオープン、自動包装が本格的に稼動し、収穫したほうれんそうはすぐに予冷して鮮度を保ち、鮮度保持フィルム包装で袋詰にし出荷される。ほうれんそうは、鉄分、ビタミンAを豊富に含む緑黄色野菜。100g食べれば、一日に必要なビタミンAを摂取することが出来る。 旬 1月 2月 3月 ...»
はるさめのルーツは中国にあると言われ、日本には禅宗の普茶料理と共に鎌倉時代に伝来したと云われている。 中国産は緑豆はるさめが主流だが、日本で作られるはるさめは、サツマイモやジャガイモのでんぷんが原料。でんぷんをお湯でこねた生地を小さい穴から熱湯へ流し込み、麺状になったものを凍らせた後、解凍し乾燥させて作る冷凍製法である。麺中心部に空洞が残るため、味がよく染みこむ。また、はるさめ料理は料理によってお湯に戻す時間に注意が必要だ。煮ると約3倍の大きさになり、油で揚げると約10倍もの大きさにまでなる。日本では奈良県が主産地で、桜井市と御所市で全国の生産の約6割を占めている。 ...»
古代米は稲の原種である野生稲の特徴を引き継いでいるお米で、白米に比べて糖質量が低く、タンパク質や食物繊維、ビタミン、ミネラルが多く含まれており、栄養価が高く、しかもヘルシーな健康食材として注目されています。抗酸化作用の高いアントシアニンが含まれている、独特の香りがあり、ほくほくと甘い「黒米」、カルシウム、マグネシウム、カリウムが豊富な、プチプチと弾けるような食感が魅力の「赤米」、玄米の一種で緑黄色野菜に含まれているクロロフィルが入っている、もちもちとした食感&ふくよかな甘みの「緑米」と、それぞれ特徴がある古代米。澄んだ空気、美しい水、余りある自然、恵み溢れる明日香の地で育てられた古代米。...»
「あすかルビー」は、平成4年に県農業試験場が「アスカウエイブ」に「女峰」を交配して得られた中から、系統を選抜し、平成10年度より「あすかルビー」としてその名を披露した新品種のいちごである。果実が大きく、玉ぞろえがよいのが特徴。果汁が多く、ジューシーさが特徴。果皮はルビーの名前の由来のツヤのある鮮紅色で、果形は球円すい形、果肉色は橙赤で果心の色は淡赤色。果実の光沢はかなり良い。糖度が高く収量のよいことから高い評価を受けている。奈良県外には出回ることが少ないため、「幻の苺」とも呼ばれる。 旬 12月 1月 2月 3月...»
古都・奈良で育まれる高品質の黒毛和牛 大和牛とは、奈良県内で飼育された黒毛和種の中でも、特定の厳しい基準を満たしたものにのみ与えられる称号です。この大和牛は、奈良県の風土と伝統の中で丹精込めて育てられており、近年では奈良を代表するブランド牛肉として注目されています。 大和牛のふるさと「みつえ高原牧場」 育成の中心地・奈良県東部 大和牛は、奈良県東部に広がる宇陀山地や大和高原などの「東山中(ひがしやまなか)」と呼ばれる地域で主に育成されています。この地域は、標高が高く昼夜の寒暖差が大きいことから、肉牛の飼育に非常に適しているとされています。 大和牛流通推進協議会の取り組み 2003年...»
親鶏に奈良県の特産品である“大和茶”の粉末や、精製水産油脂(魚油)を配合した良質な飼料を与えた奈良県ブランド卵。魚油由来のDHAをはじめとした栄養分が豊富に含まれるほか、大和茶由来のカテキンにより卵特有の生臭さが軽減されている。できるだけ自然に近い形で飼育することで、卵黄、卵白ともに弾力があるのも特長だ。あつあつのご飯に生卵をのせたたまごかけご飯をはじめ、温泉卵や目玉焼き、卵焼きなどで、シンプルに卵の味を楽しみたい。...»
大和の国奥深くに佇む曽爾村。日本一といわれるススキの高原が広がり、風に波立つ穂が夕日に照らされる秋の光景は圧巻だ。その黄金色に輝く高原を溶け込ませたかのように芳醇な味をもつと評判のビール。曽爾高原ファームガーデンの麦の館で作られている曽爾高原ビールは1999年に誕生し、奈良県内で現存するクラフトビール醸造所でも最古参となるクラフトビール。本場ドイツのブラウマイスター直伝の技術は、酵母が生きたまま喉に届く非加熱・無ろ過。材料は麦芽・ホップ・名水のみ。使用している高原の大自然の中で取れる「水」は、大蛇が現れるという伝説の湧き水で、超軟水の「奈良名水・曽爾高原湧水群」。環境省の「平成の名水百選」に認...»
卵の白身を丁寧に泡立てて作るふわふわのメレンゲを砂糖やハチミツを入れて寒天で固め、新鮮な黄身で優しく包んで焼きあげ、まるでスフレやマシュマロのような、優しい甘さと口当たりに仕上げた和菓子。その驚くほど軽いフワフワの食感は、まるであわ雪のように繊細で、口の中で溶けていく。創業当時から変わらない一子相伝の製法で、職人の手作りだからこそ成せる技ともいえるだろう。 江戸時代の町家が並び、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている宇陀松山にある、明治35年(1902年)に創業した老舗の和菓子屋「きみごろも本舗 松月堂」(しょうげつどう)で販売されている、先々代が創案したという秘伝を受け継いだ銘菓。...»
1998年に飛鳥池遺跡から未成品560点が出土、発見された「富本銭」は、683年頃に日本でつくられたと推定される銭貨(コイン)で、「日本最古の貨幣では?」と一躍有名になった。その日本最古の貨幣と云われる富本銭をかたどった煎餅。明日香村産ヒノヒカリの米粉やもち米粉、黒米粉を使用しているため、ざくっとした噛みごたえのある食感に、さとうやハチミツの甘さに、米がもつやわらかな甘みも加わり、かむごとにじわじわと甘みが広がる味に仕上がっています。米粉せんべいならではの重量感のある歯ざわりと、コクのある味わいで、どこか懐かしい煎餅。...»
”名物みむろ”は、その製法を弘化年間(1844~48)より受け継いできた小豆の香り高い最中菓子。その名は、製造元である「白玉屋榮壽」(しらたまや えいじゅ)の守護神三輪明神大神神社の御神体山「三諸(みむろ)山」にちなんで名付けられたという。奈良県宇陀市周辺の特産品である”大和 大納言小豆”で作った餡(あん)のほのかな甘さと、香ばしい皮との組みあわせが格別な風味を醸し出す。餡は別々の釜で「こしあん」と「つぶあん」を炊き上げ後で混ぜあわせる「かのこあん」。風味を損なわずに日持ちをするため、大和上街道の宿場街の人々に銘菓として名を馳せてきた。大型、小型の2サイズあり、どちらも1個から購入できる。甘さ...»
地鶏ならではのぎゅっと締まった肉質と、コクのある肉汁が魅力の奈良県産の地鶏・大和肉鶏や、ニンジンや大根、ゴボウなど、香り豊かな季節の根菜がたっぷり!大和肉鶏と明日香村産の野菜など、飛鳥の恵みをふんだんに使った、まさに飛鳥のレトルトカレー。しっかりと煮込まれた、肉汁がじゅわっとあふれる大和鶏と、明日香村産の季節の野菜がゴロゴロっと入っていて、まろやかさの中にも、ぴりっと心地いいスパイスの刺激。食べるうちにじわじわとうまみが重なって、奥行きのある味わい。カレー通はもちろん、カレー特有の辛みが苦手な方にもおすすめ。...»
蘇(そ)は、古代の日本(飛鳥時代~平安時代)で作られていた、牛乳を使って作られる日本古来の「チーズ」のような乳製品の一種。6~10世紀頃に大陸から入ってきたといわれており、古くはお供えものとして使われていたという。文献で確認されているが、製法が失われた「幻の食品」となっている。具体的な製法は不明であるが、書物の記述から推測される製法に基づき、現代でも蘇が作られている。 根気よく練りながら牛乳を煮詰めたあと、冷し固めて作られる。出来たてはキャラメルのような食感で、香ばしい香りとほのかな甘さが楽しめる。お茶あてのお菓子として、ワインのお供のチーズの代わりにと、様々な食べ方で楽しめるが、牛乳と一緒...»
橿原市は、奈良県中部に位置する人口約12万人の都市で、奈良市に次ぐ県内第2位の規模を誇ります。古代日本の政治・文化の中心地であり、神話と史実が重なり合う「日本のはじまりの地」として、全国的にも極めて重要な歴史的価値を有しています。市内には、神武天皇即位の伝承地である橿原宮跡、日本最初の本格的な都城・藤原京跡、そして万葉集に詠まれた大和三山など、日本文化の根幹を成す舞台が数多く残されています。 市名の由来と神武天皇即位の伝承 橿原という地名は、日本建国の祖とされる神武天皇に由来します。伝承によれば、神武天皇は九州・日向の地から東征し、大和の磐余(いわれ)の地において勢力を確立しました。そして...»
桜井市は、奈良県中部・中和地域に位置し、日本の古代史を語るうえで欠かすことのできない極めて重要な地域です。市内では、縄文時代や弥生時代の土器片が現在も畑や造成地から見つかることがあり、人々の営みが数千年にわたり連綿と続いてきたことを実感させてくれます。 特に弥生時代後期から古墳時代前期にかけては、ヤマト王権成立の中枢地と考えられ、「三輪王権」とも称される政治・祭祀の中心地であったと推測されています。その舞台となったのが、現在の三輪・纒向(まきむく)一帯であり、日本国家誕生の原点とも言える地域です。 地理と自然環境が育んだ歴史都市 奈良盆地と竜門山地に抱かれた地形 桜井市の西部から北部に...»
宇陀市は、奈良県北東部に位置する自然と歴史が豊かに息づく高原都市です。大和高原の南端に広がるこの地は、四方を山々に囲まれ、古代から現代に至るまで、日本の歴史や文化の重要な舞台として歩みを重ねてきました。万葉の歌に詠まれ、神話や伝承が今なお残る宇陀市は、静かな山里の風景とともに、訪れる人々に深い感動と安らぎを与えてくれます。 宇陀市の地理と自然環境 宇陀市は、奈良県の北東部、大和高原の南端に位置し、市域の大半が森林に覆われた自然豊かな地域です。市内には近鉄大阪線が東西に走り、国道165号・166号・369号・370号といった主要道路が交差することで、古くから交通の要衝として発展してきました。...»
大和三山は、奈良県の飛鳥周辺(橿原市)にそびえる3つの象徴的な山々を指します。「耳成山(みみなしやま)」「畝傍山(うねびやま)」「天香久山(あまのかぐやま)」の総称です。これらの山々は、奈良盆地南部の美しい自然環境と古代からの歴史を語る重要な場所として知られ、古代の文化や信仰が色濃く残る地域です。 大和三山は1967年(昭和42年)12月15日に歴史的風土保存区域に指定され、それぞれの山も歴史的風土特別保存地区に含まれています。さらに、2005年(平成17年)7月14日には国の名勝に指定され、2007年(平成19年)1月には世界遺産の暫定リスト「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」の一部として...»
橿原神宮は、奈良県橿原市久米町に鎮座する、日本の歴史と精神文化の原点を象徴する神社です。旧社格は官幣大社、また勅祭社として位置づけられ、現在は神社本庁の別表神社となっています。大和三山のひとつである畝傍山(うねびやま)の東南麓に広がる広大な神域は、約53万平方メートルにも及び、甲子園球場およそ13個分という圧倒的な規模を誇ります。 この地は『日本書紀』に記される、神武天皇が橿原宮を築き、初代天皇として即位した場所と伝えられており、「日本のはじまりの地」として古来より特別な意味を持ってきました。現在の橿原神宮は、その伝承に基づき、明治23年(1890)に創建された比較的新しい神社でありながら、...»
畝尾都多本神社は、奈良県橿原市にある歴史ある神社で、天香久山の北西麓に鎮座しています。この神社は、式内社である畝尾坐健土安神社と隣接しており、「啼澤神社」「哭沢神社」「泣沢神社」とも呼ばれ、地元では「なきさわのもり」として親しまれています。神社の境内は古くから神聖な場所とされ、豊かな自然に囲まれた静寂な環境が広がっています。 祭神 畝尾都多本神社の祭神は泣沢女神(なきさわめのかみ)です。この神は、水に関連する女神であり、境内には「泣沢」と呼ばれる井戸が御神体として祀られています。この井戸は古くから霊力を持つ場所とされ、地域の信仰の中心として大切に守られてきました。 歴史と由来 古代から...»
天太玉命神社は、奈良県橿原市忌部町に位置する古社で、式内社(名神大社)に列する由緒ある神社です。その旧社格は村社であり、古代氏族である忌部氏(斎部氏)の氏神として崇敬されています。現在も地元の人々から大切に守られ、地域の歴史や文化を伝える存在として親しまれています。 歴史と背景 創建と由緒 天太玉命神社の創建時期は不詳とされていますが、その鎮座地である忌部町は古代に忌部氏が本拠地としていたと考えられています。忌部氏は、古事記や日本書紀に登場する天太玉命(フトダマ)を祖とする一族で、宮中祭祀において重要な役割を担った氏族です。 天太玉命は、天照大神の岩戸隠れの際に、天児屋命(中臣氏祖神)...»
宗我坐宗我都比古神社は、奈良県橿原市曽我町に位置する歴史ある神社です。古くから蘇我氏に縁のある神社として知られ、その古代の姿を今に伝えています。式内社(大社)に列する由緒正しい神社であり、旧社格は村社です。地元では「入鹿宮(いるかのみや)」の通称でも親しまれています。 祭神 古代豪族・蘇我氏ゆかりの神々 祭神は以下の2柱が祀られています。 宗我都比古神(そがつひこのかみ、宗我都比古神) 宗我都比売神(そがつひめのかみ、宗我都比売神) 延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳では「宗我坐宗我都比古神社」として2座が記載されており、宗我都比古神と宗我都比売神が祀られています。...»
畝火山口神社は、奈良県橿原市に位置する由緒ある神社で、畝傍山の西麓に鎮座しています。通称「お峯山」とも呼ばれ、古くから地元の人々に親しまれてきました。この神社は、延喜式内社に列せられ、旧社格は県社とされる格式高い神社です。畝傍山は日本神話にも登場する重要な場所であり、畝火山口神社はその霊験を今に伝える神社として信仰されています。 祭神 畝火山口神社の主祭神は以下の三柱です。 気長足姫命(神功皇后) - 古代の伝説的な女性で、応神天皇の母としても知られています。安産や子育ての守護神として広く信仰されています。 豊受比売命 - 五穀豊穣や食物の神として崇められる神で、特に農業や収穫に深...»
久米寺は、奈良県橿原市久米町に位置する真言宗御室派の寺院です。山号は霊禅山で、本尊は薬師如来。聖徳太子の弟である来目皇子(くめのみこ)が開基と伝えられていますが、その詳細は不明です。また、伝説の仙人「久米仙人」による創建説もあり、『扶桑略記』や『今昔物語集』に登場する逸話が有名です。この寺は空海(弘法大師)が『大日経』を感得した場所とされ、「真言宗発祥の地」としても知られています。 歴史 創建と伝説 久米寺の創建に関しては諸説あります。『和州久米寺流記』には、聖徳太子の弟・来目皇子が開基と伝えられていますが、他の記録では久米仙人が創建者とされています。久米仙人は空を飛ぶ仙術を得た伝説の人...»
称念寺(稱念寺)は、奈良県橿原市今井町にある浄土真宗本願寺派の寺院で、山号は今井山です。本尊は阿弥陀如来を祀り、今井御坊とも称されるこの寺院は、大和五ヶ所御坊や十六大坊の1つとして知られ、中本山に列する格式ある寺院です。今井町の中心に位置し、その歴史的価値と伝統的な建築様式から、訪れる人々に深い感銘を与えています。 歴史 創建と発展 称念寺の起源は、石山本願寺の顕如上人から河瀬権八郎兵部尉宗綱が寺号を得て、今井郷に念仏道場を建てたことに遡ります。永禄年間(1558年~1570年)には、川井長左衞門正冬と共に周辺に堀と土塁を築き、寺内町の基盤を整え、御坊(今井山)としての体裁を整えました。...»
新沢千塚古墳群は、奈良県橿原市北越智町・川西町に位置する、日本を代表する古墳群の一つです。国の史跡に指定され、126号墳からの出土品は国の重要文化財に認定されており、その歴史的価値が高く評価されています。 立地と規模 この古墳群は奈良盆地南部、畝傍山の南方に広がる越智岡丘陵(標高約150メートル)に位置し、東西2キロメートル、南北2キロメートルにわたって広がっています。ここには直径約10〜15メートルの円墳を中心とする600基以上の古墳が点在し、その規模と数は全国的にも類を見ない大規模なものです。 築造時期 古墳群の築造は4世紀末から7世紀にかけて行われ、特に5世紀半ばから6世紀末にか...»
益田岩船は、奈良県橿原市白橿町に位置する巨大な石造物で、奈良県指定史跡として保護されています。この神秘的な岩は、亀石や酒船石と並ぶ飛鳥地方の代表的な石造物のひとつであり、その中でも最大の規模を誇ります。 特徴と構造 位置と規模 益田岩船は、橿原ニュータウン内の白橿南小学校西側に広がる丘陵地帯、標高150メートルほどの岩船山の頂上付近にあります。その形状は台形に近く、東西約11メートル、南北約8メートル、高さ約4.7メートルに及びます。材質は硬質の石英閃緑岩で、全体がほぼ垂直に切り立つ大岩で形成されています。 溝と穴の構造 岩の上部から側面にかけては幅1.6メートルの溝が東西に掘られて...»
おふさ観音は、奈良県橿原市小房町に位置する高野山真言宗の別格本山の寺院で、正式名称は「十無量山 観音寺」です。山号は十無量山で、本尊は十一面観世音菩薩です。この寺は「花まんだらの寺」としても知られ、四季折々の花々が境内を彩る美しい寺院として多くの参拝者や観光客に親しまれています。大和三山の耳成山と畝傍山のほぼ中央に位置し、アクセスも良好で、自然豊かな環境の中で心安らぐひとときを過ごすことができます。 おふさ観音の歴史 おふさ観音の起源は、江戸時代の慶安3年(1650年)に遡ります。当時、この地にあった鯉ヶ淵という池から白亀に乗った観音菩薩が現れ、それを目にした近隣に住む娘「おふさ」が感銘を...»
本薬師寺は、奈良県橿原市の東南に位置し、かつて藤原京の薬師寺として知られた歴史的な寺院です。天武天皇が皇后(後の持統天皇)の病気平癒を祈り、680年に建立を誓願したとされ、奈良の西ノ京に移された現在の薬師寺と区別するために「本薬師寺」と称されるようになりました。この寺院は、藤原京の中心部に位置し、その威容を誇っていたことから、古代日本における仏教文化の重要な拠点として位置づけられます。 歴史と建立 建立の経緯 『日本書紀』によれば、天武天皇9年(680年)11月に、病に倒れた皇后(鵜野讚良皇女)の回復を願って薬師寺の建立が誓願されました。この時、百人の僧が得度(出家)し、皇后の病は平癒さ...»
奈良県橿原市に位置する藤原京は、わが国初の本格的な都城として知られています。694年に持統天皇によって遷都され、710年の平城京遷都までの16年間にわたり日本の政治・文化の中心地として栄えました。その整然とした都市計画や大規模な宮殿跡は、古代日本の高度な都市設計技術を示す貴重な遺産として評価されています。 藤原京の成り立ち 藤原京は、飛鳥時代の終わりに位置し、律令国家の礎を築いた重要な場所です。持統天皇がそれまでの飛鳥浄御原宮から遷都したこの都は、中国の長安城をモデルにしたとされ、碁盤目状に区画された都市計画が特徴です。これは政治の安定と中央集権化を強化する目的があったと考えられています。...»
鳥屋ミサンザイ古墳は、奈良県橿原市鳥屋町に位置する前方後円墳で、その形状と規模から古墳時代後期前半(6世紀前半)に築造されたと推定されています。宮内庁により「身狭桃花鳥坂上陵(むさのつきさかのえのみささぎ)」として第28代宣化天皇とその皇后である橘仲皇女の合葬陵に治定されています。古墳は貝吹山の北麓にある丘陵の尾根先端部に位置し、丘尾を切断して築かれた特徴的な構造を持ちます。 墳丘の構造 鳥屋ミサンザイ古墳は、全長約138メートルの前方後円形を呈し、前方部は北北東に向けられています。墳丘は2段に築かれ、その表面には葺石が施され、円筒埴輪や朝顔形埴輪が配置されていました。墳丘の周囲には盾形の...»
今西家住宅は、奈良県桜井市初瀬に位置する、江戸時代からの歴史を持つ貴重な民家です。その歴史は古く、江戸中期に建てられた主屋(しゅおく)を中心に、長い年月を経て増改築が繰り返され、現在の姿に至っています。奈良の風土と伝統建築の技術が融合したこの住宅は、当時の生活や文化を伝える貴重な文化遺産として、2004年に国の重要文化財に指定されました。 立地と環境 今西家住宅は、長谷寺への参道沿いに位置し、自然豊かな環境に囲まれています。古くから地域の要所として栄え、多くの巡礼者や旅人が行き交う場所にありました。そのため、建物には訪れる人々を迎え入れる工夫が随所に見られます。敷地内には美しい庭園や石畳が...»
今井町は、奈良県橿原市に位置する、重要な歴史的町並みが残る地区です。重要伝統的建造物群保存地区に指定されており、古い町並みや歴史的建造物が美しく保存されていることから、「東洋のベニス」とも称されることがあります。 戦国時代から江戸時代にかけて栄えた商人町で、かつて自治都市として発展し、現在も江戸時代の街並みを色濃く残しています。今井町は「日本最古の自治都市」として知られ、多くの歴史的建造物が立ち並ぶ貴重な地域です。 歴史的背景 今井町の歴史は戦国時代に遡ります。この地域はもともと自治を行っていた自由都市であり、堅固な城郭都市として発展しました。16世紀後半には、織田信長や豊臣秀吉といった...»
穴師坐兵主神社は、奈良県桜井市に位置する歴史ある神社です。古代から続く式内社であり、その旧社格は県社に指定されています。もともとは「穴師坐兵主神社(名神大社)」「巻向坐若御魂神社(式内大社)」「穴師大兵主神社(式内小社)」の3つの神社から成り立ち、室町時代に合祀されて現在の形となっています。現在の社地は、かつての穴師大兵主神社があった場所に鎮座しています。 神社の歴史と起源 穴師坐兵主神社の創建については、複数の説が伝わっています。一説では、垂仁天皇2年に倭姫命が天皇の御膳を守護する神として祀ったことが起源とされ、また別の説では景行天皇が八千矛神(大国主)を兵主大神として祀ったとされていま...»
狭井神社は、奈良県桜井市に鎮座する大神神社の摂社で、正式には 狭井坐大神荒魂(さいにいますおおみわのあらみたま)神社と称されます。 三輪山の西麓、豊かな自然に囲まれた清浄な境内は、訪れる人の心を静め、古代から連綿と続く信仰の息づかいを感じさせてくれます。 この神社は、三輪の神である大物主大神の荒魂(あらみたま)を祀る特別な神社であり、 大神神社の中でもとりわけ霊力が強い場所として知られています。 そのため、病気平癒や健康祈願を目的に、全国各地から多くの参拝者が訪れます。 創建の由来と歴史的背景 狭井神社の創祀は垂仁天皇の時代と伝えられ、非常に古い歴史を持つ神社です。 平安時代に編纂された...»
奈良県桜井市に位置する等彌神社は、歴史と自然が調和する格式高い神社で、古くから地域の信仰を集めてきました。式内社(小)であり、旧社格は県社に列せられ、『延喜式神名帳』に記載されている大和国城上郡の等彌神社に比定されている由緒ある神社です。明治時代までは「能登宮」としても知られていました。 神社の歴史 創建と由来 等彌神社の創建は不詳ですが、社伝によれば古代より鳥見山に鎮座していたと伝えられています。鳥見山は初代天皇である神武天皇が即位後の神武天皇4年(紀元前660年)の春2月に皇祖神および天津神を祀った場所とされ、古代の重要な祭祀の地でした。『日本書紀』には、即位後に初めて皇祖天神を祀っ...»
法起院は、奈良県桜井市初瀬に位置する真言宗豊山派の寺院で、長谷寺の塔頭(たっちゅう)として知られています。本尊には徳道上人像が祀られ、西国三十三所番外札所としても多くの巡礼者が訪れます。ここは、古くからの歴史と厳かな雰囲気が漂う場所で、訪れる人々に心の平安をもたらす霊場です。 歴史と由来 創建と徳道上人 法起院の歴史は奈良時代にさかのぼります。寺伝によれば、天平7年(735年)、西国三十三所観音霊場の創始者である徳道上人によってこの地に草庵が建てられたことが始まりとされています。徳道上人は晩年、この法起院の境内に立つ松の木に登り、法起菩薩となって遷化(せんげ)したと伝えられており、この逸...»
宗像神社は、奈良県桜井市外山(とび)に鎮座する古社であり、格式ある名神大社に列せられた式内社です。古くから当地の守護神として崇敬され、現在も地域の信仰の中心として親しまれています。旧社格は村社で、明治8年(1875年)に「宗像神社」の名称に復称されました。それ以前は「春日社」とも称され、近世以降は「中島社」や「中島さん」とも呼ばれていました。 鳥居と鎮座地 宗像神社は鳥見山(とみやま)の山麓に位置し、豊かな自然に囲まれた厳かな雰囲気の中にあります。鳥居をくぐると神聖な空気が漂い、参道には歴史の重みを感じさせる古木が立ち並んでいます。境内は清らかな気配に包まれ、参拝者に静かな祈りの時間を提供...»
喜多美術館は、奈良県桜井市三輪、三輪山の山麓に位置する西洋近・現代美術を中心とした私立美術館です。 昭和63年(1988)春、シルクロード博覧会の開催を記念して開館しました。 美術館は、日本最古の道といわれる「山の辺の道」の南端、 国の重要文化財である金屋の石仏のすぐ前に建てられており、 周囲には古墳や旧跡、社寺が点在する、歴史と自然に恵まれた環境にあります。 古代文化の息づく地で西洋美術を鑑賞するという、他に類を見ない体験ができることも、 喜多美術館ならではの魅力です。 本館の常設展示 ― 西洋近・現代美術の流れ 世紀末印象派から具象絵画まで 本館では、世紀末印象派から近代、そして現...»
三輪山は、奈良県桜井市に位置する標高467.1メートルのなだらかな円錐形の山で、奈良盆地南東部に優美な姿を見せています。 周囲約16キロメートル、面積約350ヘクタールにおよぶこの山は、 古来より「神の宿る山」「神そのもの」として篤く信仰されてきました。 三輪山は別名として三諸山(みもろやま)とも呼ばれ、 『古事記』『日本書紀』などの記紀には 「御諸山」「美和山」「三諸岳」など複数の名称で記されています。 これらの呼称はいずれも、三輪山が古代大和の人々にとって 特別な神聖性を帯びた存在であったことを物語っています。 神奈備の山 ― 三輪山の信仰の原点 神が降臨する山としての三輪山 三輪...»
奈良県桜井市に位置する聖林寺は、真言宗室生寺派に属する歴史ある寺院です。山号は霊園山(りょうおんざん)で、本尊として地蔵菩薩を祀っています。開山は藤原鎌足の長子である定慧(じょうえ)とされ、奈良時代から続く由緒ある寺院です。特に国宝である十一面観音立像が有名で、多くの参拝者や観光客がその荘厳な姿を目にするために訪れます。 聖林寺の歴史 創建と由来 聖林寺の起源は、和銅5年(712年)にさかのぼります。伝承によれば、多武峰妙楽寺(現・談山神社)の別院である遍照院として、藤原鎌足の長子・定慧が創建したとされています。妙楽寺は聖林寺の南方の山中に位置しており、その影響を受けながら発展してきまし...»
平等寺は、奈良県桜井市三輪にある曹洞宗の寺院で、その山号は三輪山です。本尊には十一面観音が祀られており、かつては大御輪寺や浄願寺とともに三輪明神(現・大神神社)の神宮寺としての役割を果たしていました。そのため、「三輪別所」とも呼ばれることがあり、古くから信仰の厚い場所です。 歴史 創建と発展 伝承によれば、平等寺は聖徳太子が開基し、後に慶円によって中興されたとされています。さらに、『大三輪町史』には平等寺以前に存在した大三輪寺遍照院が空海により開かれた可能性が示されており、その歴史は非常に古いものです。現存する最古の史料としては、鎌倉時代の嘉禎2年(1236年)に書かれた『弥勒如来感応抄...»
文殊院西古墳は、奈良県桜井市阿部に位置する古墳で、その形状は円墳と推定されています。国の特別史跡に指定されており、歴史的な価値が非常に高い遺跡です。築造は古墳時代終末期の7世紀後半と考えられ、日本の古代史を知る上で欠かせない貴重な遺跡とされています。 立地と背景 文殊院西古墳は奈良盆地南部の阿部丘陵の西端部に位置しており、丘陵地の自然地形を活かして築かれています。室町時代にはすでに開口していたことが記録されており、現在でもその壮大な石室が残されています。 墳形と規模 墳形は直径約25~30メートル、高さ約6メートルの円墳と推定されていますが、墳丘は大部分が削平されており、葺石や埴輪の痕...»
日本古代史の幕開けを告げる巨大前方後円墳 箸墓古墳は、奈良県桜井市箸中に所在する、日本列島における最古段階の前方後円墳として広く知られる古墳です。別名を箸中山古墳(はしなかやまこふん)ともいい、考古学・歴史学の両面から、日本古代国家形成を考えるうえで極めて重要な存在とされています。 現在、この古墳は宮内庁により「大市墓(おおいちのはか)」として管理され、第7代孝霊天皇の皇女である倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)の墓に治定されています。一方で、古くから邪馬台国の女王・卑弥呼の墓ではないかという説もあり、今日に至るまで活発な議論が続けられています。 纒向遺跡と箸墓古墳の位置...»
艸墓古墳(カラト古墳)は、奈良県桜井市谷に位置する古墳で、形状は方墳です。奈良県内でも特に歴史的価値が高く、1974年(昭和49年)に国の史跡に指定されています。この古墳は、寺川左岸に広がる阿部丘陵の東縁に築造されており、発掘調査はまだ実施されていませんが、その規模や構造から古墳時代終末期の貴重な遺構とされています。 艸墓古墳の概要 艸墓古墳は奈良盆地南部に位置し、丘陵地帯に築かれた方墳です。墳形は北西辺と南東辺がやや長い方形で、長辺約27メートル、短辺約21メートルの規模を誇ります。墳頂部は平坦に整形され、截頭錐形(先端を平らに切った円錐形)の特徴があります。墳丘の外表には葺石が敷かれて...»
奈良県宇陀市に位置する室生寺は、日本でも有数の古刹で、その静寂に包まれた美しい山寺として広く知られています。真言宗室生寺派の大本山であり、古くから女性の参拝が許されたことで「女人高野(にょにんこうや)」とも称されるこの寺は、険しい山道と緑豊かな自然に囲まれた環境にあり、古代から現代に至るまで多くの人々に愛されてきました。 室生山のふもとから中腹にかけて伽藍が点在するこの山岳寺院は、四季折々の自然美とともに、平安時代の貴重な建築や仏像を今に伝えています。 寺院の立地と特徴 山と川に囲まれた神聖な空間 室生寺は、奈良盆地の東部に位置し、三重県との県境にも近い自然豊かな室生の地にあります。宇...»
奈良県宇陀市室生大野に位置する大野寺は、真言宗室生寺派に属する由緒ある寺院です。室生寺の西の大門ともいえるこの地は、宇陀川の清らかな流れに沿い、春には枝垂桜が咲き誇る風光明媚な景観を誇ります。本尊は弥勒菩薩で、寺の創建は日本古来の修験道の開祖とされる役小角(えんのおづぬ)に由来すると伝えられています。寺の背後には巨大な磨崖仏が刻まれており、その神秘的な姿は訪れる人々を魅了しています。 歴史的背景と寺の由来 開山の由来と伝説 大野寺の創建は白鳳9年(681年)、役小角によると伝えられています。さらに、平安時代の天長元年(824年)には弘法大師(空海)がこの地に堂宇を建立し、「慈尊院弥勒寺」...»
八咫烏神社は、奈良県宇陀市に鎮座する由緒ある神社で、日本神話に登場する「八咫烏」をご祭神として祀る、極めて貴重な存在です。『延喜式神名帳』に名を連ねる式内小社であり、近代社格制度では県社に列せられました。古代から現代に至るまで、「導き」「勝利」「開運」の神として、多くの人々の信仰を集めています。 八咫烏神社は、神武天皇の東征神話と深く結びつき、日本という国のはじまりを象徴する物語を今に伝える神社でもあります。そのため、歴史や神話に関心のある人々にとっては、欠かすことのできない重要な参拝地といえるでしょう。 八咫烏神社の概要と特徴 八咫烏神社が鎮座する宇陀市は、古代より大和と伊勢・熊野を結...»
奈良県宇陀市榛原赤埴(はいばらあかばね)の山間にひっそりと佇む「仏隆寺(佛立寺)」は、真言宗室生寺派に属する歴史ある寺院です。摩尼山(まにさん)という山号を持ち、本尊には十一面観音が祀られています。静かな山里に位置しながらも、春には桜、秋には彼岸花と、四季折々の自然美に包まれ、多くの参拝者を魅了しています。 仏隆寺の概要 室生寺との関係 仏隆寺は、古来より「室生寺の南門」とも称される存在で、室生寺との本寺・末寺関係にあります。そのため、宗派も同じく真言宗室生寺派に属しています。 大和茶発祥の地 また、弘法大師・空海が唐から持ち帰ったとされる茶を日本で初めて栽培した地とも伝えられており...»
戒長寺は、奈良県宇陀市榛原戒場に所在する真言宗御室派の寺院であり、その山号を「戒場山(かいばさん)」と称します。この地は、標高737.6メートルの戒場山の中腹に位置し、豊かな自然に囲まれた静謐な環境が魅力です。 特に秋には、境内にある大イチョウが黄色く色づき、落葉によって一面が黄金色に染まる光景が多くの参拝者や観光客を魅了しています。見頃は毎年11月中旬から12月初旬にかけてで、この時期になると、訪れる人々の心を癒す絶景が広がります。 戒長寺の歴史と起源 文献に見られる初出と伝説 戒長寺の創建については、正確な年代は明らかになっていませんが、春日大社文書に残る仁治元年(1240年)の「...»
宇太水分神社は、奈良県宇陀市菟田野古市場に位置する格式高い神社です。古くから大和国における水神信仰の中心地として栄え、延喜式神名帳に名を連ねる式内大社でもあります。また、明治時代の旧社格では県社に列せられ、長きにわたり地元の人々の信仰を集めてきました。 水分神を祀る四社のうちの一つ 大和国には、方角ごとに水分神(みくまりのかみ)を祀る四つの神社が存在し、宇太水分神社はそのうちの「東の水分神社」に当たります。他の三社には、「都祁水分神社(北)」「葛木水分神社(西)」「吉野水分神社(南)」があります。宇陀市内にはさらに水分神を祀る神社が複数存在し、菟田野上芳野の「惣社水分神社(上社)」、榛原下...»
奈良県宇陀市大宇陀本郷の地にひっそりと立つ一本桜、「又兵衛桜」は、その見事な枝ぶりと歴史的背景から、毎年多くの観光客や写真家を魅了し続けています。樹齢約300年とされるこの桜は、品種としてはシダレザクラで、別名「瀧桜(たきざくら)」とも呼ばれています。その優雅で流れるような枝ぶりがまるで滝のようであることから、その名がつけられたといわれています。 又兵衛桜の魅力 一本桜としての風格 又兵衛桜は、一本桜としては非常に存在感があり、周囲の山々や田園風景と調和しながらも、その大きさと枝ぶりで圧倒的な存在感を放ちます。春には満開の花を咲かせ、その姿は絵画のような美しさを誇ります。奈良県の保護樹に...»
松山は、奈良県宇陀市大宇陀地域に位置する地名で、旧宇陀郡松山町にあたります。この地域は「宇陀松山」とも呼ばれ、歴史と文化が色濃く残る地域として知られています。江戸時代には宇陀松山藩の陣屋町として栄え、今なお多くの歴史的建造物が残されており、その一部は国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。 古代からの歴史を伝える松山の成り立ち 秋山城の城下町から始まる町の歴史 松山の西側に位置する地域は、古代には「阿騎野(あきの)」と呼ばれ、宮廷の狩猟地として知られていました。戦国時代には地元の国人領主・秋山氏によって築かれた秋山城を中心に城下町が整備され、これが現在の町並みの原型となっていま...»
月山記念館は、奈良県桜井市、大神神社と三輪山の麓に位置する、日本刀文化を今に伝える貴重な施設です。 三輪山の谷あいを静かに流れる狭井川のほとりに建ち、自然と信仰、そして日本刀という伝統工芸が調和した特別な空間となっています。 この記念館は、単なる展示施設ではなく、現役の日本刀鍛錬道場に併設されている点が大きな特徴です。 訪れる人は、展示された名刀を鑑賞するだけでなく、日本刀が生み出される現場の空気や、職人たちの精神性にも触れることができます。 月山記念館の開館の経緯 人間国宝・月山貞一(二代)の志 月山記念館は、平成7年(1995年)11月に、月山日本刀鍛錬道場に併設するかたちで開館し...»
室生山上公園芸術の森は、奈良県宇陀市室生に位置する、自然と現代美術が一体となった野外ミュージアムです。標高の高い室生の山上、室生寺をはるかに見下ろす高台に広がるこの公園は、森林の谷間を生かして整備された約7.8ヘクタールもの広大な敷地を有し、園内全体がひとつの芸術作品として構成されています。 この地は、古来より信仰と自然が深く結びついてきた室生の精神風土を背景に、「自然をつかって、第2の自然をつくる」という明確なコンセプトのもとで創出されました。訪れる人は、単に作品を「鑑賞する」のではなく、歩き、触れ、感じることで、自然と芸術が響き合う空間を全身で体験することができます。 世界的彫刻家ダニ...»
花の郷 滝谷花しょうぶ園は、奈良県宇陀市室生の瀧谷地区に広がる、自然と花の美しさを存分に楽しめる観光庭園です。女人高野として知られる室生寺のほど近く、豊かな山々に囲まれた静かな環境の中にあり、約1万坪(約33,000平方メートル)という広大な敷地を誇ります。 圧巻のスケールを誇る花しょうぶ園 園内最大の見どころは、初夏を彩る花しょうぶです。約600種類・100万株もの花しょうぶが一面に咲き誇り、紫や白、淡い黄色など多彩な色合いが織りなす風景はまさに圧巻です。見頃は5月下旬から7月上旬で、池やあずま屋が配された園内を歩きながら、ゆったりと花を鑑賞できます。 花しょうぶと同時期には紫陽花も見...»
室生龍穴神社は、奈良県宇陀市室生に鎮座する、非常に古い歴史をもつ神社です。水の神・竜神を祀る神社として古来より信仰を集め、正式には「龍穴神社」と称されます。御祭神は高龗神(たかおかみのかみ)で、雨を司る神として知られ、農耕と深く結びついた信仰が今日まで受け継がれています。 室生寺よりも古いと伝わる由緒 室生龍穴神社は、近隣にある名刹・室生寺よりも古い起源をもつとされ、奈良時代から平安時代にかけては、朝廷より雨乞いのための勅使が派遣された記録も残っています。このことからも、国家的な祈雨の聖地として重視されていたことがうかがえます。かつて室生寺は、この神社の神宮寺としての役割を担っていた時代も...»
道の駅宇陀路 大宇陀は、奈良県宇陀市大宇陀拾生に位置し、国道166号沿いに整備された観光拠点です。1997年(平成9年)に開駅し、2015年には重点道の駅候補にも選定されるなど、地域の魅力を発信する重要な施設として親しまれています。宇陀市条例における正式名称は「宇陀路大宇陀阿騎野宿」とされ、古代から続く歴史と文化を今に伝える地にふさわしい名称となっています。 歴史と自然に恵まれた大宇陀の魅力 道の駅が立地する大宇陀地域は、奈良県北東部の高原地帯に広がる、歴史と自然が調和した町です。古くは万葉歌人・柿本人麻呂がこの地を訪れ、「かぎろひ」の歌を詠んだことでも知られ、現在でも「かぎろひの里」とし...»
道の駅宇陀路 室生は、奈良県宇陀市室生三本松に位置する、 国道165号沿いの道の駅です。奈良県と三重県の県境に近く、古くから大和と伊勢を結んだ 伊勢街道の宿場町として栄えた地域にあり、現在では奈良県東部の玄関口として多くの人々が行き交う場所となっています。 奈良県内で8番目に登録された道の駅で、愛称は「木もれ陽の森」。 その名の通り、自然と調和した空間づくりがなされ、旅の途中に立ち寄る人々が 心からくつろぎ、安らげる場所として親しまれています。 森と一体となった建築美と空間デザイン 道の駅宇陀路 室生の大きな特徴は、施設全体が一つの芸術作品のように設計されている点です。 トータルデザイン...»
奈良県の中部に位置する高取町(たかとりちょう)は、高市郡に属する歴史と自然豊かな町です。飛鳥時代からの深い歴史を持ち、古代から交通の要所として栄えたこの町は、豊かな自然と文化遺産が調和する魅力的な観光地です。ここでは、高取町の地理や歴史、名所・旧跡について詳しくご紹介します。 地理と自然 町並みと自然環境 高取町は、高取山を中心に広がる町で、高取川や吉備川、曽我川(大和川水系)といった清流が流れています。町内には歴史を感じさせる伝統的な街並みが広がり、土佐街道や夢創舘(観光案内所)など、昔ながらの風情を残す場所が点在しています。特に土佐街道は古くから商人や旅人の往来が盛んで、今もその歴史...»
明日香村は、奈良県のほぼ中央、奈良盆地(大和平野)の南端近くに位置する高市郡の村です。面積は決して大きくありませんが、日本の歴史において極めて重要な役割を果たしてきた地域として、全国的に高い評価を受けています。特に6世紀末から7世紀にかけての約100年間、日本の都が置かれた地であり、政治・文化・宗教の中心として、現在の日本国家の基礎が形づくられました。 明日香村は、日本で唯一、村全域が「古都保存法」の対象地域となっている自治体です。これは、村全体が歴史的価値の高い文化財と景観に包まれていることを意味しています。さらに、村全体を対象とした世界遺産登録に向けた取り組みも進められており、明日香の価...»
高取城は、奈良県高市郡高取町に存在していた日本の名城のひとつで、「高取山城」とも呼ばれていました。江戸時代には高取藩の政庁として重要な役割を果たしており、その壮大な山城としての姿は、今日でも城郭ファンに深い印象を与え続けています。現在では国の史跡に指定されており、歴史的価値の高い遺構が静かに佇んでいます。 山上に築かれた大規模な山城 高取城は、高取町の市街地から南東約4km、標高583メートルの高取山山頂に築かれた山城です。比高(ふもとからの高低差)はおよそ350メートルもあり、自然の地形を活かした堅牢な城でした。かつて山頂には白漆喰で塗られた天守や櫓が29棟建てられており、城下町からその...»
子嶋寺は、奈良県高市郡高取町観覚寺に位置する高野山真言宗の寺院です。山号は子嶋山(または報恩山とも伝えられています)。本尊は大日如来であり、その開山は寺伝によれば僧・報恩であるとされています。寺院は、深い歴史を有しながらも、現在も地元の信仰を集める静謐な霊場として知られています。 寺院の概要と文化的価値 子嶋寺が伝える曼荼羅の国宝 子嶋寺は、平安時代中期に制作された国宝「両界曼荼羅図(子島曼荼羅)」を伝えることで広く知られています。この曼荼羅図は、金剛界曼荼羅と胎蔵曼荼羅の2つの形式を持ち、京都・神護寺の高雄曼荼羅と並ぶ傑作とされています。現在は奈良国立博物館に寄託されています。 清水...»
キトラ古墳は、奈良県高市郡明日香村の南西部に位置する阿部山の南斜面に築かれた円墳で、国の特別史跡に指定されています。その保存状況の良さと、石室内に描かれた精緻な壁画により、文化的・歴史的に極めて重要な遺構とされています。 古墳の概要 構造と築造の特徴 キトラ古墳は、二段築成の円墳で、上段の直径は9.4m、高さ2.4m、下段の直径は13.8m、高さ0.9mのテラス状構造を持っています。 石室の構造 内部は横口式石槨(せっかく)と呼ばれる構造で、家形天井を持っています。石槨は凝灰岩の切石を組み合わせて構築され、幅約1メートル、奥行き約2.6メートル、高さ約1.3メートルというサイズです。...»
高松塚古墳は、奈良県高市郡明日香村に所在する終末期の古墳で、国営飛鳥歴史公園の中に位置しています。この古墳は、藤原京期(694年〜710年)に築造されたとされ、直径約23メートル(下段)、18メートル(上段)、高さ約5メートルの二段構造をもつ円墳です。 1972年に極彩色の壁画が発見されたことで、一躍全国的に注目を集めるようになりました。現在は墳丘が整備され、一般に公開されており、石室内の壁画は修復施設に移されて保存・展示されています。 発掘の経緯と大発見 発掘調査は1972年3月1日より開始されました。発掘のきっかけは、1970年10月頃、地元の住民がショウガの貯蔵のために地面を掘った...»
都塚古墳は、奈良県高市郡明日香村に位置する古墳で、方墳の形状をしています。この古墳は、古墳時代後期に築造されたと考えられており、6世紀後半に当たる時期に作られました。現在、都塚古墳は国の史跡に指定されており、歴史的にも貴重な遺跡です。 基本情報 都塚古墳は別名「金鳥塚」とも呼ばれており、場所は明日香村阪田の地域にあります。明日香村は古代日本の文化が色濃く残る場所であり、古墳や神社などの歴史的建造物が点在しています。都塚古墳もその一環として、明日香村の歴史を語る重要な遺跡となっています。 築造の背景 都塚古墳の築造時期は、古墳時代後期の6世紀後半とされています。この時期は、前方後円墳の伝...»
奈良県高市郡明日香村に所在する牽牛子塚古墳は、日本の古代史に深く関わる謎と魅力に満ちた古墳です。国の史跡に指定されており、その出土品は国の重要文化財に認定されています。 この古墳は八角墳という珍しい形状をしており、2009年から2010年にかけての発掘調査によって、かつては不明瞭であったその構造や築造意図が明らかになりました。かつて「あさがおつかこふん」とも呼ばれていたように、「牽牛子」はアサガオの別称です。また、「御前塚」とも称されており、第37代斉明天皇(第35代皇極天皇)の陵墓である可能性が指摘されています。 牽牛子塚古墳の立地と外観 自然地形を活かした戦略的な位置 牽牛子塚古墳...»
於美阿志神社は、奈良県高市郡明日香村檜前に鎮座する、古代の歴史と深い信仰を今に伝える神社です。古くは式内社に列せられ、旧社格は村社に位置付けられていました。かつてこの地には、飛鳥時代に東漢(やまとのあや)氏によって建立された氏寺である檜隈寺(ひのくまでら)が存在し、その跡地に当社が建てられています。 祭神と信仰 阿智使主神夫妻 当社の祭神は、東漢氏の祖である阿智使主(あちのおみ)夫妻の二柱とされています。阿智使主は、第15代応神天皇の御代に百済から渡来したと伝えられる渡来人であり、学術や工芸などの高度な技術を携え、古代日本文化の発展に寄与した人物です。 地域の氏神としての役割 於美阿...»
岡寺は、奈良県高市郡明日香村岡に位置する真言宗豊山派の寺院で、山号を東光山、院号を真珠院と称します。正式には東光山 真珠院 龍蓋寺といい、古くは「龍蓋寺(りゅうがいじ)」の名で知られてきました。現在の宗教法人名および一般的な呼称は「岡寺」であり、飛鳥の地に深く根差した信仰の寺として、今なお多くの参拝者を迎えています。 岡寺は、日本で最初の厄除け霊場として広く知られ、西国三十三所観音霊場の第七番札所にも数えられています。飛鳥時代から連なる歴史、雄大な自然、数々の文化財、そして人々の祈りを受け止め続けてきた信仰が一体となり、訪れる人に深い感動と安らぎを与えてくれる寺院です。 岡寺の創建と歴史的...»
飛鳥坐神社は、奈良県高市郡明日香村大字飛鳥字神奈備に位置する、由緒正しき神社です。延喜式内社(名神大社)として古くからその存在が記録されており、旧社格は「村社」に分類されていました。特に、毎年2月に執り行われる「おんだ祭」は、その独特な儀式内容から「奇祭」として全国に知られています。 神社の概要と由緒 古代よりの神聖な地、飛鳥 飛鳥坐神社が鎮座する地は「飛鳥神奈備」と呼ばれ、古代日本の中心地でありながらも、神々が宿る聖地として崇められてきました。この場所には、古くから多くの神話や伝承が語り継がれています。 御祭神について 現在、飛鳥坐神社に祀られている祭神は以下の4柱です。 八...»
橘寺は、奈良県高市郡明日香村橘に位置する、天台宗の寺院です。山号は仏頭山、正式名称は「仏頭山 上宮皇院 菩提寺(ぶっとうざん じょうぐうおういん ぼだいじ)」と称します。古くから聖徳太子と深い関わりを持つ寺として知られてきました。 本尊には聖徳太子勝鬘経講讃像が祀られ、太子が推古天皇の命を受けて『勝鬘経』を講じた際の尊い姿を今に伝えています。また境内に建つ観音堂は、新西国三十三箇所第十番札所として信仰を集め、本尊の如意輪観音は、古来より人々の願いに応える観音さまとして親しまれてきました。 橘寺の名の由来と橘の伝承 「橘寺」という寺名の由来は、日本神話と古代史に彩られた興味深い伝承に基づい...»
飛鳥京跡は、奈良県高市郡明日香村に広がる、飛鳥時代の都市遺構の総称です。かつて「飛鳥古京跡(あすかこきょうあと)」とも呼ばれていたこの遺跡群は、日本における古代都市の原型とも言える貴重な文化遺産です。飛鳥京とは、6世紀末から7世紀後半にかけて政治の中心地として機能した都市であり、その名残を伝える数多くの遺構が、この明日香村の地に残されています。 この遺跡群には、歴代の大王(天皇)の宮殿跡や、官衙(役所)、豪族の邸宅跡、寺院跡といった建築物の跡が含まれます。さらに、広場、道路、苑池、井戸など、都市としての機能を支えた施設の存在も確認されています。 飛鳥宮跡の概要 複数の天皇に利用された歴史...»
飛鳥の石造物は、奈良県明日香村を中心とする地域に残された、飛鳥時代の石で作られた遺構・遺物の総称です。これらは多くが花崗岩で作られており、その用途が不明なものや、後の日本文化とは異なる独特な風貌を持つものが多く、謎多き石造物として知られています。 特徴と文化的背景 飛鳥の石造物の多くは宗教的・祭祀的な目的で作られたと考えられていますが、仏教美術とは異なる意匠や構造を持つことから、道教との関係を指摘する説も存在します。また、人物像や装飾に見られる風貌が、ペルシャやインドの影響を受けているという説もあり、国際的な文化交流の痕跡ともいえる貴重な資料です。 代表的な石造物 猿石(さるいし) ...»
酒船石遺跡は、奈良県高市郡明日香村岡に位置する、古代の石造物群を中心とした考古学的遺構です。長年にわたり一部の石造物のみが知られていましたが、平成12年(2000年)の発掘調査によって新たな構造物が明らかになり、注目を集めるようになりました。 現在では、かつてより知られる「酒船石」に加え、「亀形石造物」「小判形石造物」「湧水施設」「砂岩石垣」「版築(はんちく)遺構」などを含めて総称し、「酒船石遺跡」と呼ばれています。 酒船石とは 形状と特徴 「酒船石」は、小高い丘の上に設置された花崗岩製の大型石造物です。長さ約5.5メートル、幅約2.3メートル、厚さ約1メートルの大きさを誇り、表面には...»
奈良県立万葉文化館は、奈良県高市郡明日香村に位置する、美術館と博物館の機能を併せ持つ文化施設です。この文化館は、日本最古の歌集『万葉集』をテーマとし、2001年9月15日に開館しました。「万葉のふるさと」奈良にふさわしい拠点として整備され、展示、図書・情報提供、調査・研究の3つの柱で構成されております。 万葉文化館の基本理念と施設概要 万葉文化館は、『万葉集』を中心とした日本古代文化の理解を深めるために設立されました。『万葉集』は5世紀から8世紀にかけて詠まれた約4,500首の和歌を収めた日本最古の歌集であり、日本語の美しさや古代人の感性が詰まった国の宝ともいえる存在です。中でも奈良県は、...»
道の駅飛鳥は、奈良県高市郡明日香村に位置し、国道169号沿い、近鉄吉野線「飛鳥駅」のすぐそばにある便利な道の駅です。飛鳥時代の歴史と日本の原風景が色濃く残る明日香村を訪れる人々にとって、観光の出発点となる重要な施設です。 飛鳥総合案内所「飛鳥びとの館」 敷地内にある飛鳥総合案内所「飛鳥びとの館」は、フィールドミュージアム「明日香まるごと博物館」のエントランスとして機能しています。常駐する観光コンシェルジュが、石舞台古墳や高松塚古墳、キトラ古墳といった特別史跡へのアクセス方法をはじめ、景勝地、飲食店、宿泊施設、周遊バス(通称:かめバス)、レンタサイクルなど、明日香観光に役立つ情報を丁寧に案内...»
飛鳥資料館は、奈良県高市郡明日香村に所在する、日本の古代史研究を代表する文化施設です。奈良文化財研究所の附属機関として設置され、日本人の心のふるさととも称される「飛鳥」の歴史と文化を、考古学的成果に基づいて分かりやすく紹介しています。1975年(昭和50年)に開館して以来、飛鳥時代の政治・文化・信仰・技術を総合的に学べる資料館として、多くの来館者を迎えてきました。 飛鳥の地が持つ歴史的意義 飛鳥は、日本の古代国家が形づくられた極めて重要な地域です。592年に推古天皇が豊浦宮で即位してから、694年に藤原京へ遷都されるまでのおよそ100年間、飛鳥は天皇の宮殿が連続して置かれた政治・文化の中心...»
曽爾村は、奈良県宇陀郡に位置する自然豊かな村であり、「日本で最も美しい村」連合に加盟しています。曽爾村は、四季折々の美しい自然景観が魅力で、特に曽爾高原はススキの名所として有名です。また、伝統的な曽爾の獅子舞も見どころの一つで、地域の誇りとして受け継がれています。 曽爾村の地理 曽爾村は奈良県宇陀郡の東部に位置し、三重県名張市に接しています。北流する青蓮寺川沿いの谷底平野や山腹の緩やかな斜面を中心に集落が形成されています。周囲には、屏風岩、鎧岳、兜岳といった独特の岩壁が立ち並び、圧倒的な自然美を誇ります。 地形と気候 曽爾村は山地が多く、代表的な山には倶留尊山や曽爾高原があり、冷涼多雨...»
御杖村は、奈良県宇陀郡に位置する自然豊かな村で、三重県との県境に接しています。豊かな自然と古くからの歴史が息づくこの村は、観光やアウトドアアクティビティに最適な場所として知られています。山々に囲まれた地形と澄んだ空気が魅力で、訪れる人々に癒しと冒険の場を提供しています。 地理と自然環境 位置 御杖村は、奈良県を南北に分けた場合、南部に位置し、さらに細分化すると南東部に分類されます。村は曽爾村と隣接しており、曽爾高原の南側に広がっています。また、村内には名張川の源流があり、古くから交通の要所であった伊勢本街道が通っています。 気候 御杖村は山間部に位置するため、冷涼多雨の気候が特徴です...»
曽爾高原は、奈良県宇陀郡曽爾村大字太郎路に位置する、関西屈指の景観を誇る高原です。倶留尊山(くろそやま)と亀山の西斜面から麓にかけて広がるこの高原は、室生赤目青山国定公園の第一種特別地域に指定されており、豊かな自然環境と貴重な生態系が今も大切に守られています。 標高約700メートルに広がる高原一帯は、四季折々に表情を変え、訪れる人々を魅了します。なだらかな地形と広大な空、そして山々に囲まれた景観は、日常の喧騒を忘れさせてくれる癒やしの空間です。 高原の地形と自然環境 曽爾高原の面積はおよそ38ヘクタール。倶留尊山(標高約1,038メートル)と亀山(標高約849メートル)に抱かれるように形...»
御杖神社は、奈良県宇陀郡御杖村神末に鎮座する由緒ある神社で、延喜式神名帳に名を連ねる式内小社です。旧社格は郷社で、御杖村の歴史と信仰の中心として、古くから人々に崇敬されてきました。奈良県の東端、三重県伊勢にほど近いこの地は、大和と伊勢を結ぶ交通・信仰の要衝であり、神社の成り立ちも伊勢神宮の起源に深く関わっています。 倭姫命の伝承と「御杖」の物語 御杖神社の最も大きな特徴は、倭姫命(やまとひめのみこと)にまつわる伝承です。社伝によれば、第11代垂仁天皇の皇女である倭姫命は、天皇の勅命を受け、天照大神(あまてらすおおみかみ)をお祀りするにふさわしい地を求めて各地を巡られました。その長い旅の途中...»
道の駅伊勢本街道 御杖は、奈良県宇陀郡御杖村神末に位置し、国道368号線沿いに整備された道の駅です。古くから大和と伊勢を結ぶ重要な街道として利用されてきた伊勢本街道の流れを今に伝える場所であり、現代の旅人にとっても心安らぐ休憩と交流の空間となっています。 伊勢本街道の歴史を感じる立地 御杖村は、奈良盆地から伊勢神宮へと向かう巡礼者や旅人が行き交った伊勢本街道の要所にあたります。道の駅は、国道368号線と国道369号線が交わる交通の要衝にあり、観光やドライブの途中に立ち寄りやすい立地が魅力です。周囲には山々と清流が広がり、自然の息吹を感じながらゆったりと過ごすことができます。 充実した施設...»
田原本町は、奈良県磯城郡の南端に位置する町で、豊かな歴史と文化が息づく中和地区の一部です。奈良盆地の中心部に位置するこの町は、古代から現代に至るまで多くの歴史的遺産や観光スポットが点在しており、自然豊かな風景とともに訪れる人々を魅了しています。 地理 田原本町は、奈良盆地の中央部に位置し、その全域が平坦な地形です。町の東側を大和川が流れ、中央部には寺川、西側には飛鳥川と曽我川が北へと流れています。これらの川は豊かな水系を形成し、農業に適した肥沃な土地を育んでいます。また、四季折々の自然が楽しめる美しい田園風景も見どころの一つです。 歴史 古代の繁栄 田原本町は、古代の大和国城下郡に属...»
多坐弥志理都比古神社は、奈良県磯城郡田原本町に鎮座する由緒正しい神社です。古くから「多神社(おおじんじゃ)」の名で親しまれ、「多社」「多坐神社」「太社」または「意富社」とも表記されることがあります。式内社(名神大社)に列せられ、旧社格は県社とされる格式高い神社です。社号標には「多㘴彌志理都比古神社」と記されており、その由緒の深さを感じさせます。 ご祭神とその由緒 主祭神の構成と意味 当社では、以下の四柱の神々をお祀りしています。 第一殿:神倭磐余彦尊(神武天皇) 初代天皇である神武天皇。神八井耳命の父とされています。 第二殿:神八井耳命 神武天皇の皇子であり、多氏の祖神と伝えられ...»
鏡作坐天照御魂神社は、奈良県磯城郡田原本町に位置する古社です。『延喜式神名帳』に記載された式内社であり、かつては県社に列せられていた格式高い神社です。4世紀から5世紀にかけて、この地域には鏡を製作・鋳造していた鏡作部(かがみつくりべ)が居住しており、彼らが祖神を祀るために創建したと伝えられています。 御祭神について 主祭神とその神格 当社に祀られている神々は、以下の三柱です。 天照国照彦火明命(あまてるくにてるひこほあかりのみこと) 石凝姥命(いしこりどめのみこと) 天糠戸命(あめのぬかどのみこと) 「鏡作に坐す天照御魂神」という社名から、本来は太陽神「天照御魂神」を祀る...»
村屋坐弥冨都比売神社は、奈良県磯城郡田原本町に鎮座する由緒ある神社です。古代より「式内大社」として格付けされ、近代社格制度においては「県社」に列せられました。神社は古代の交通路である「中つ道」(現在の橘街道)に面しており、交通と歴史が交錯する場所に位置しています。 ご祭神とその由緒 主祭神 当神社の主祭神は三穂津姫命(みほつひめのみこと)で、別名を「弥富都比売神(みふつひめのかみ)」とも称されます。三穂津姫命は、国造りの神として名高い大国主命の后神であり、神話の世界においては、大国主命と同一視される大物主命(おおものぬしのみこと)を配祀しています。 大神神社との関係 大物主命は、奈良...»
池坐朝霧黄幡比売神社は、奈良県磯城郡田原本町に所在する由緒正しい神社であり、古代より地域の人々に信仰されてきました。『延喜式神名帳』に記載された式内社の一つで、旧社格は郷社に列せられていました。 神社の由緒と歴史 創建の由来 創建の正確な年代は不詳ですが、神社境内に立つ石碑によると、推古天皇24年(616年)に聖徳太子が草創した法貴寺の伽藍を賜った秦氏が、その祖神を祀るためにこの地に神社を建立したとされています。法貴寺の鎮守社としての役割を担い、古来より深い信仰を集めてきました。 古代の記録 神社に関する最古の記録としては、天平2年(730年)の『大倭国正税帳』(正倉院文書)に「池神...»
奈良県磯城郡田原本町秦庄にある秦楽寺は、真言律宗に属する由緒ある古刹であり、号を「高日山 浄土院」と称します。奈良盆地の一角に静かに佇むこの寺は、長い歴史と数々の伝説を秘めており、訪れる人々に深い感動と歴史の重みを伝えてくれます。 歴史的背景と創建の由来 聖徳太子と秦河勝の伝承 寺伝によれば、秦楽寺の起源は大化3年(647年)に遡ります。百済王から贈られた観音像が、聖徳太子によりその側近である秦河勝に下賜され、この地に安置されたのが始まりと伝えられています。 この伝承は、秦楽寺の名前にも見られる「秦(はた)」の文字が示す通り、この地域が古くから渡来系の秦氏の居住地であったこととも深く関...»