富本憲吉の生家から体験型オーベルジュへ
この場所はもともと、富本憲吉の没後に個人美術館として整備された「富本憲吉記念館」でした。1974年に開館し、富本が手がけた色絵磁器など約500点を収蔵・展示していましたが、2014年に閉館しました。その後、建物と土地の保存・活用が進められ、2017年に「うぶすなの郷 TOMIMOTO」として新たな歩みを始めました。
単なる宿泊施設ではなく、レストランや陶芸工房、ギャラリーを備えたオーベルジュとして、富本憲吉の美意識と大和の風土を体験できる点が大きな特徴です。建物に刻まれた歴史を感じながら、芸術や食、地域文化に触れる時間を過ごせます。
建築と空間が伝える「暮らしの美」
建物や庭園は、周囲の自然と調和するように整えられています。富本憲吉が大切にした「暮らしの中の美」を感じられる空間であり、室内の設えや庭の景色にも、日常生活と芸術を結びつける思想が息づいています。
館内を巡り、庭園の草木や建物の細部に目を向けると、富本の作品が生まれた背景にある美意識を身近に感じられるでしょう。
歴史を宿す二つの特別な客室
日新(にっしん)― 富本憲吉の息遣いを感じる客室
本館に設けられた「日新」は、富本憲吉が実際に居間や書斎として使用していた和室を中心に整えられた客室です。名称は、富本が親友であり世界的な医学者でもあった今村荒男とともに制作した書画「日新」に由来し、「日本を新たに」という志が込められています。
伝統的な和の空間に現代的な要素をさりげなく取り入れ、落ち着きと洗練を兼ね備えた設えが特徴です。茶室や庭園も残されており、四季折々に表情を変える草木を眺めながら、静かな時間を過ごせます。
竹林月夜(ちくりんげつや)― 和と洋が調和する蔵の客室
「竹林月夜」は、大正時代に建てられた蔵を改修したメゾネットタイプの客室です。ツインベッドやセミダブルベッド、和室を備え、ゆとりのある空間構成が魅力となっています。
内装には、富本憲吉が親交を深めた英国の陶芸家バーナード・リーチとの交流を意識した、和と英国風のスタイルが取り入れられています。格調高さと温かみが調和した空間で、落ち着いたひとときを楽しめます。
庭園には竹林が配され、月明かりの下で風にそよぐ竹の姿が印象的です。富本とリーチが眺めたであろう風景に思いをはせながら、ゆったりとした時間を過ごせます。
光と庭が織りなす癒やしの設計
どちらの客室も、自然光の取り入れ方に工夫が凝らされています。時間帯によって変化する光が庭園の緑や建物の木肌を照らし、室内に柔らかな陰影を生み出します。
半露天風呂も採光に配慮された造りとなっており、明るい時間帯には移り変わる光や色彩を感じながら入浴できます。歴史ある建物と自然が織りなす空間で、旅の疲れを癒やせるのも魅力です。
五風十雨 ― 大和の恵みを味わうレストラン
本館の大広間に設けられたレストラン「五風十雨(ごふうじゅうう)」では、地元の食材を生かした料理を楽しめます。宿泊者だけでなく、事前予約による食事のみの利用にも対応しています。
靴を脱いで上がる店内では、柱や梁に施されたベンガラ色が目を引きます。歴史を重ねた建物ならではの趣と、上品な華やかさが調和した空間です。
料理のテーマは「体にやさしいこと」。奈良県産の新鮮な野菜や大和肉鶏、まほろば赤牛など、地元の食材をふんだんに使用し、出汁の風味を生かした滋味深い会席料理が提供されます。素材本来の味わいを引き出す調理と美しい盛り付けにより、目でも舌でも料理を堪能できます。
アーティチョーク ― 宿泊者限定の特別なカウンター
「アーティチョーク」は、ウィリアム・モリスのモチーフを取り入れたカウンターレストランです。宿泊者限定の少人数制で、落ち着いた雰囲気の中、特別な食事体験を楽しめます。
料理長の手仕事を間近に感じながら、できたての料理を味わえるのが魅力です。料理が仕上がる様子や一皿ごとの工夫に触れることで、滞在の思い出がより深まります。
陶芸工房とギャラリー ― 地域とつながる文化の拠点
敷地内には、若手陶芸家のための工房やギャラリーも併設されています。陶芸体験や作品展示を通じて、富本憲吉が追求した美意識や創作への精神を次世代へとつなぐ取り組みが行われています。
また、町の行事や季節の催しに合わせて一般開放日が設けられることもあり、地域と一体となった文化発信の拠点としての役割も担っています。宿泊だけでなく、陶芸や地域文化に関心のある人にとっても魅力的な場所です。
近代陶芸の巨匠・富本憲吉
富本憲吉(とみもと けんきち)は、1886年(明治19年)に奈良県安堵町で生まれた陶芸家です。日本の近代陶芸を代表する人物の一人で、近代陶芸の発展に大きな足跡を残しました。
ロンドン留学を通じて西洋美術や工芸思想を学び、帰国後は柳宗悦らとともに民藝運動にも深く関わりながら、日本独自の工芸美を追求しました。
富本は、日常生活で使う器にも美しさが宿るという考えを大切にし、実用性と芸術性の調和を目指しました。写実的な表現を基礎としながら、洗練された文様や色彩を生み出したことでも知られています。
1955年(昭和30年)には、陶芸家として初めて文化勲章を受章しました。その作品と功績は国内外で高く評価され、日本の近代工芸史において重要な位置を占めています。
富本憲吉記念館が伝えた芸術世界
かつてこの場所にあった富本憲吉記念館では、代表作をはじめ、制作資料や素描、陶片、生活用品などが展示され、富本の芸術世界を多角的に紹介していました。
色絵磁器や染付作品などには、富本ならではの洗練された表現が見られます。幾何学文様や草花文様に表れた端正な造形と温かみのある色彩は、日常の器に美を見いだした彼の思想を物語っています。
記念館は2014年に閉館しましたが、その生家を活用したうぶすなの郷 TOMIMOTOでは、建物や空間を通じて富本ゆかりの歴史と美意識に触れることができます。
産土の地で、自分と向き合う贅沢な時間
庭に咲く花々や庭石の配置、室内の随所に感じられる富本憲吉が愛したモチーフ。これらは過度に主張することなく、訪れる人の感性に静かに語りかけます。
ここで過ごす時間は、観光地を巡る旅の中で宿泊するというだけでなく、芸術や自然、歴史に触れながら心を整え、自分自身と向き合う体験でもあります。
うぶすなの郷 TOMIMOTOでは、大和の歴史と芸術に包まれながら、日常から少し離れた特別なひとときを過ごせます。富本憲吉の精神が息づく空間で、ゆったりとした時間を味わってみてはいかがでしょうか。