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住吉神社(明石市)

(すみよしじんじゃ あかしし)

住吉神社発祥の地の古社

住吉神社は、兵庫県明石市魚住町中尾に位置する神社で、旧社格は県社です。明石市内にはいくつかの住吉神社がありますが、その中でもこの神社が代表的な存在とされています。

住吉神社は、底筒男命、中筒男命、表筒男命、そして気長足姫命を祭神として祀っています。この神社は「住吉神社の発祥の地」としても知られ、古くから多くの人々に崇敬されています。

歴史

創建の伝承

住吉神社の創建には、伝承によると神功皇后の三韓征伐が関わっています。その際、播磨灘で暴風雨に遭遇し、魚住に避難して住吉大神に祈願したところ、暴風雨が静まりました。凱旋後、神功皇后により住吉大神は摂津国住吉に祀られました。

大阪の住吉大社に伝わる『住吉大社神代記』によれば、住吉大神が「播磨国に渡り住みたい」と告げ、藤の枝を海に浮かべて流れ着いた場所に祀るように指示しました。その結果、雄略天皇8年に魚住に住吉大神が勧請され、現在の住吉神社が創建されたと伝えられています。

移転と信仰の拡がり

正応5年(1292年)、現在の場所に遷座し、以降、海上守護や産業、和歌文学の祖神として崇敬されてきました。また、交通安全や商工業、学業の守護神としても信仰されており、夫婦円満の神としても知られています。

神社の由来と「錦ヶ浦」

住吉神社は、「住吉神社の発祥の地」として広く知られています。神功天皇が暴風雨に遭遇し、当地に滞在して住吉大神に平穏を祈願したことにより、風雨が静まり無事を得たという伝承があります。この時、皇后の衣を松の枝に掛けたところ、その様子が錦のように美しく見えたことから「錦ヶ浦」と呼ばれるようになりました。

その後、住吉大明神が「播磨の国に住みたい」と告げたため、大藤を海に浮かべて神意を伺ったところ、「この藤の枝が流れ着く所に我を鎮祀れ」との託宣がありました。藤の枝が魚住浜に流れ着いたため、雄略天皇8年4月初卯日に住吉大神をこの地に祀ったと伝えられています。

能舞台と文化財

境内にある能舞台は、明石市内に現存する唯一の能舞台で、山門、楼門、能舞台、拝殿、本殿が一直線に並ぶ典型的な東播磨地方の様式を示しています。初代明石城主・小笠原忠政(後の忠真)が寛永年間に建立したもので、棟札からその歴史が確認されています。この能舞台は、江戸時代初期に能が地方に伝播したことを示す貴重な資料です。

また、周辺の漁船の多くは「住吉丸」という船名をこの神社にちなんで付けています。

境内

海から見る住吉神社

住吉神社は、海に面しており、境内からは船の安全を見守るための灯台を兼ねる石灯篭が設置されています。

能舞台

住吉神社の能舞台は、神社の重要な文化財として保存されており、春祭りでは奉納能楽会が行われています。

祭事

住吉神社では、一年を通じてさまざまな祭事が執り行われています。

文化財

兵庫県指定文化財

住吉神社には以下のような兵庫県指定文化財があります。

明石市指定文化財

住吉神社には以下の明石市指定文化財も存在します。

Information

名称
住吉神社(明石市)
(すみよしじんじゃ あかしし)
Sumiyoshi Shrine (Akashi City)
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