朝熊山の山頂付近にある伊勢神宮の鬼門を守る寺として、神宮の奥之院ともいわれた寺院。
創建は6世紀半ばに欽明天皇が僧である暁台に命じ明星堂を建立したといわれ、平安時代の825年に空海が真言密教道場として復興させたと伝えられている。
室町時代には神仏習合により、伊勢神宮の丑寅(北東)に位置することから「伊勢神宮の鬼門を守る寺」として伊勢信仰と結びつき、「伊勢へ参らば朝熊を駆けよ、朝熊駆けねば片参り」とされ、伊勢・志摩最大の寺となった。
江戸時代に徳川幕府の援助もあり、1609年には姫路城主で豊臣秀吉の七将の一人、池田輝政公が火災で失われた本堂の摩尼殿(まにでん)を再建した。
本堂は七間六間、一重寄棟造り、向拝三間、檜皮葺、外部は朱漆、内部は金箔押の桃山時代の精華をつくした建物で重要文化財に指定。
近くの経ヶ峯から平安時代末期の1173年(承安3年)の銘のある経筒など複数の出土品が見つかり、国宝(考古資料)に指定された「線刻阿弥陀三尊来迎鏡像」などの出土品は、境内にある宝物館で見ることができる。
9:00~16:00
伊勢西ICより伊勢志摩スカイライン(有料道路)を経由し、車で20分の朝熊山の山頂付近