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地蔵倉

(じぞうくら)

肘折温泉の開湯伝説が残る、岩窟の霊場

地蔵倉は、山形県大蔵村の肘折温泉に伝わる開湯伝説の地にある、歴史ある仏教遺跡です。奇岩が連なる山中の凝灰岩の断崖に設けられた霊場で、約600年前に開創されたと伝えられています。

岩陰には地蔵菩薩の石像が安置されており、古くから信仰の対象となってきました。かつては、肘折温泉の開湯縁起に登場する老僧が住んでいた場所とも伝えられています。

現在では、縁結びや子宝、商売繁盛などの願いを託す場所としても知られ、多くの人が参拝に訪れています。

岩壁の小さな穴に願いを込める「こより」

地蔵倉の岩壁には、長い年月をかけて形成された無数の小さな孔があります。ここには、紙を細くよった紙縒り(こより)を通して願い事をする風習が残されています。

こよりを岩肌の穴に通すことができれば、願い事が叶うと伝えられており、縁結びや子宝祈願、商売繁盛などを願う人々から信仰を集めています。

ブナ林を歩く約40分の遊歩道

地蔵倉へは、肘折温泉街から遊歩道を歩いて向かうことができます。温泉街から地蔵倉までは、ゆっくり歩いて約40分の道のりです。

山道の途中には豊かなブナ林が広がり、木々の間からは銅山川の美しい景色を望むことができます。目的地だけでなく、森林に包まれた道を歩きながら山の自然を楽しめることも、この散策の魅力です。

季節ごとに表情を変える山の風景

新緑の季節にはみずみずしい緑に包まれ、夏には深い森の涼やかな空気を感じられます。秋には木々が色づき、山道は紅葉の景色へと変わります。

地蔵倉を訪れる際には、こうした四季の自然も楽しみながら、肘折温泉からの散策をゆっくりと楽しむことができます。

肘折温泉の開湯伝説と地蔵倉

地蔵倉には、肘折温泉の始まりを伝える古い伝説が残されています。

伝承によれば、肘折温泉は大同2年(807年)、豊後国出身の行者・源翁(片見源右衛門)によって発見されたといわれています。

出羽三山への道を探して山中を歩いていた源翁は、肘折の山中で道に迷い、地蔵倉に住む一人の老僧と出会いました。この老僧は、地蔵菩薩の化身であったと伝えられています。

地蔵が源翁を温泉へ導いたという伝承

老僧は源翁に肘折温泉の存在を教え、さらに湯殿山へ向かう道へと導いたとされています。

その後、源翁は地蔵の言葉に従い、家族とともに地蔵倉のふもとへ移り住みました。これが肘折温泉の始まりになったという伝承が、現在まで受け継がれています。

こうした伝説から、地蔵倉は単なる山中の史跡ではなく、肘折温泉の歴史と信仰の原点として大切にされています。

修験の拠点として栄えた地蔵倉

地蔵倉周辺は、かつて修験の信仰とも深く関わっていました。以前は真言宗の寺院である「密藏院」や、修験者の宿泊施設である「豊後屋」があり、山岳信仰の拠点として機能していたとされています。

その後、明治後期に神野氏が肘折を去ると、密藏院は亀屋旅館の横山氏に引き継がれました。現在の地蔵倉には、こうした往時の信仰と歴史をしのばせる場所が残されています。

現在の地蔵倉と六地蔵

現在の地蔵倉では、凝灰岩の断崖の岩陰に六地蔵の石仏が安置されています。その近くには木造の本殿もあり、山中の静かな信仰空間をつくり出しています。

岩壁と石仏、木造建築が一体となった独特の景観は、肘折温泉街とは異なる静けさと神秘的な雰囲気を感じさせます。

毎年7月14日に行われる「開湯祭」

地蔵倉では、毎年7月14日に「開湯祭」が行われます。

祭りでは、行者が地蔵を神輿に乗せ、地蔵倉から温泉街を練り歩きます。肘折温泉の恵みをもたらした湯の神様に感謝するとともに、温泉を守り、受け継いできた先人たちの功績をたたえる大切な行事です。

湯座神社から始まる地蔵倉への道

湯座神社は、肘折温泉にある温泉神社で、地蔵倉へ向かう遊歩道の起点にもなっています。共同浴場「上の湯」の横にある階段を上った先に鎮座しています。

湯座神社では、薬師如来と少彦名命を祀っています。もともとは仏教寺院でしたが、明治時代の廃仏毀釈によって観音堂が壊され、その後「薬師神社」として残りました。

創建年をめぐる二つの伝承

湯座神社は明徳元年(1390年)に創建されたとされ、この年を肘折温泉の開湯年次とする説もあります。一方で、肘折温泉については大同2年(807年)に開湯したという伝承が広く知られています。

開湯年代について複数の説が伝わっていることも、肘折温泉が長い歴史を持つ温泉地であることを物語っています。

火防の信仰を伝える秋葉山石碑

湯座神社の境内入口には、火防の御利益があるとされる「秋葉山石碑」があります。石碑には、瑞鳳寺の南山和尚が揮毫した「火禾葉山」の文字が刻まれています。

江戸時代中期の肘折温泉では大火がたびたび発生したため、村民有志が瑞鳳寺を訪れ、南山和尚に火防を願う文字を書いてもらったと伝えられています。

肘折カルデラの東端に位置する肘折温泉

地蔵倉がある肘折温泉は、昔ながらの湯治場の雰囲気を今も残す温泉街です。源泉かけ流しの湯を楽しめる温泉宿が立ち並び、素朴で落ち着いた町並みも魅力となっています。

肘折温泉は、火山活動によって形成された凹地である「肘折カルデラ」の東端に位置しています。また、全国有数の豪雪地帯でもあり、冬には積雪4mを超えることもあります。

温泉街の名物「朝市」

肘折温泉を訪れた際には、名物の朝市も見逃せません。早朝の温泉街には、旬の山菜や野菜などが並び、地元の人々との交流を楽しむことができます。

旅館での湯治や温泉とともに、朝市を訪れて地域の日常に触れることで、肘折温泉ならではの素朴な旅情を味わえます。

歴史と自然を感じながら訪れたい山中の霊場

地蔵倉は、肘折温泉の開湯伝説と深く結び付いた、歴史と信仰を感じられる場所です。岩窟に安置された六地蔵、願いを込めたこより、修験の歴史、そして地蔵菩薩の化身とされる老僧の伝説など、山中の霊場ならではの物語が残されています。

温泉街からは約40分の遊歩道を歩いて訪れることができ、ブナ林や銅山川の景色も楽しめます。湯座神社から地蔵倉へ向かい、肘折温泉でゆっくり湯に浸かるという散策は、歴史と自然、温泉文化を一度に感じられる旅の楽しみ方です。

遊歩道と絶景

温泉街から地蔵倉までの遊歩道はゆっくり歩いて約40分。途中にはブナ林や銅山川の絶景を楽しむことができます。この自然豊かな道中も、訪れる人々にとって大きな魅力のひとつです。

歴史と伝承

伝承によれば、肘折温泉は大同2年(807年)に豊後国出身の行者・源翁(片見源右衛門)によって発見されたと言われています。出羽三山への道を探していた源翁は、肘折の山中に迷い込み、地蔵倉に住む地蔵の化身である老僧に出会いました。

地蔵は、肘折温泉の存在を源翁に教え、湯殿山への道へ導きました。後に源翁は地蔵の言葉に従って家族とともに地蔵倉のふもとに移り住み、これが肘折温泉の始まりとされています。

現在の地蔵倉

現在では、凝灰岩の断崖の岩陰に六地蔵の石仏が安置され、近くに木造の本殿があります。かつては真言宗寺院「密藏院」や宿坊「豊後屋」があり、修験の拠点でしたが、明治後期に神野氏が肘折を去り、「密藏院」は亀屋旅館の横山氏に引き継がれました。

毎年7月14日には「開湯祭」が行われ、行者が地蔵を神輿に乗せて温泉街を練り歩きます。湯の神様に感謝し、温泉を守ってきた先人たちの偉業を称えます。

岩壁には無数の孔があり、紙を紙縒りにして念じながら入れると、願い事が叶うという言い伝えがあります。縁結び、子宝祈願、商売繁盛のパワースポットとして多くの方々が訪れます。

湯座神社

湯座神社は肘折温泉にある温泉神社で、薬師如来・少彦名命を祀っています。元は仏教寺院でしたが、明治の廃仏毀釈で観音堂が破壊され、「薬師神社」として残りました。湯座神社は明徳元年(1390年)に創建されたとされ、肘折温泉の開湯年次を1390年とする説もありますが、807年説が広く信じられています。

共同浴場「上の湯」の横にある階段を上がったところが神社です。境内入口には火防の御利益がある「秋葉山石碑」があり、瑞鳳寺の南山和尚の揮毫で「火禾葉山」と書かれています。江戸時代中期、肘折温泉では大火が頻発したため、村民有志が瑞鳳寺に赴き、南山和尚にお願いして書いてもらいました。

湯座神社は肘折温泉開湯の地と伝えられる「地蔵倉」へ向かう遊歩道の起点ともなっています。

肘折温泉

肘折温泉は、昔ながらの湯治場の雰囲気を今も残す温泉街です。源泉かけ流しの上質な湯とゆったりした素朴な町並みが魅力です。名物の朝市では、旬の山菜や野菜がずらりと並び、早起きして地元のお母さん達とのほっこりした会話を楽しむのもおすすめです。

肘折温泉は、「肘折カルデラ」と呼ばれる凹地の東端に位置します。豪雪地帯であり、冬季の積雪量は4メートルを超えることもあります。豪雪地帯だからこそできる冬のイベントを多数開催しています。

Information

名称
地蔵倉
(じぞうくら)
Jizokura
リンク
公式サイト
住所
山形県最上郡大蔵村南山
アクセス

JR新庄駅より村営バスで55分、車で40分
温泉街より徒歩約50分、
(国道458号線、地蔵倉入口より徒歩15分)
肘折温泉薬師神社より遊歩道があります。

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