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犬の宮・猫の宮

(いぬ ねこ みや)

犬と猫を祀る、全国でも珍しい信仰の地

犬の宮・猫の宮は、山形県高畠町高安の山あいに鎮座する、犬と猫を祀る全国でも珍しい神社です。古くから地域に伝わる犬と猫の伝説をもとに信仰されており、現在では愛犬・愛猫の健康祈願や供養を願う人々が全国から訪れています。

境内にはペットの写真や首輪などの遺品を奉納する場所もあり、家族の一員として大切にしてきた犬や猫への思いを託すことができます。また、毎年7月には全国ペット供養祭が行われ、多くの人がペットの冥福を祈ります。

犬の宮の参道には、動物作家・戸川幸夫の直木賞受賞作『高安犬物語』にまつわる文学碑もあり、地域の伝承と文学を感じられる場所としても知られています。

高安地区に伝わる犬と猫の伝説

犬の宮・猫の宮がある高安地区は、山形県南部の高畠町に位置し、宮城県と福島県の両県境にも近い山間の地域です。

この地域には、村を苦しめていた大狸を犬が退治したという犬の宮の伝説と、犬に殺された狸の怨念から生まれた大蛇を一匹の三毛猫が退治したという猫の宮の伝説が残されています。

どちらも人々を守るために命を落とした犬と猫を祀ったことが起源とされ、長い年月を経た現在も大切に語り継がれています。

犬の宮――村を救った二匹の犬を祀る神社

犬の宮は、和銅年間(708~715年)に起きた出来事を起源とする伝説が伝わっています。

当時、都からやって来た役人が村人を集め、年貢の代わりとして春と秋に子どもを差し出すよう命じたといわれています。村人たちは深く悲しみ、困り果てていました。

三毛犬と四毛犬が大狸を退治

ある年、文殊堂から帰る途中の座頭が道に迷い、村で一夜の宿を求めました。その家は、今年の「人年貢」を差し出すことになっていた家でした。

その夜、役人が訪れた際に「甲斐の国の三毛犬、四毛犬にはこのことを知らせるな」と繰り返し話しているのを座頭が耳にしたといいます。そこで座頭は甲斐の国へ使いを送り、三毛犬と四毛犬を借りて村へ連れてきました。

座頭から知恵を授かった村人たちは役人を酒席に招き、酔いが回ったところで二匹の犬を放しました。激しい戦いの末、役人たちの正体とされた大狸や荒狸が倒され、村を苦しめていたものが退治されたと伝えられています。

しかし、二匹の犬も戦いで深く傷つき、村人たちが懸命に手当てをしたものの、やがて命を落としてしまいました。

村を救った犬を鎮守として祀る

村を救うために命を落とした二匹の犬を村の鎮守として祀るようにとのお告げがあり、建立されたのが現在の犬の宮であると伝えられています。

こうした伝説から、犬の宮は安産や無病息災の神としても信仰され、愛犬の健康を願う人や、亡くなった愛犬の供養を願う人々が訪れる場所となっています。

猫の宮――村を守った三毛猫「玉」の伝説

猫の宮にも、犬の宮と深くつながる伝説が残されています。延暦年間(782~806年)、高安村に庄右衛門とおみねという夫婦が暮らしていました。

子どものいなかった夫婦は猫を大変かわいがっていましたが、飼っていた猫が次々と病死してしまいました。そこで丈夫な猫を授かるよう祈っていたところ、ある夜、観音菩薩が夢に現れ、「猫を授けるので大切に育てるように」と告げたといいます。

翌朝、夫婦の庭に一匹の三毛猫が現れました。夫婦は猫を「玉」と名付け、大切に育てました。

大蛇と戦った三毛猫「玉」

玉は夫婦によくなつき、村中のネズミを捕る賢い猫としてかわいがられていました。しかし、おみねが便所へ行くと、玉は天井をにらみ、耳を横にして唸るような仕草を見せることがありました。

不思議に思った庄右衛門が妻の姿に変装して便所へ行ってみると、玉は同じような行動をしました。怪しんだ庄右衛門が刀で玉の首を切り落とすと、玉の首は宙を飛び、屋根裏に潜んでいた大蛇に噛みついたと伝えられています。

この大蛇は、かつて三毛犬と四毛犬に退治された大狸の怨念にまつわる蛇だったとされます。玉は大蛇から夫婦や村を守っていたのです。

猫の供養から生まれた猫の宮

玉の真実を知った夫婦は深く悔やみ、村人に事情を伝えました。そして、村の安泰を守った玉の遺体を手厚く葬り、堂を建てて春と秋の年2回、供養を行ったと伝えられています。

こうした伝説から、猫の宮は古くから養蚕の神として信仰されるとともに、現在では猫をはじめとするペットの健康祈願や供養の場所としても知られています。

全国ペット供養祭

犬の宮では、1988年(昭和63年)から毎年7月第4土曜日に「全国ペット供養祭」が開催されています。

犬の宮・猫の宮には、ペットの写真や首輪などの遺品を奉納して供養を願う人が多く訪れていたことから、この供養祭が始まりました。

当日は別当寺院の住職による読経が行われ、全国のペットや、参列を希望する人々のペットの供養が行われます。大切な家族の一員である犬や猫への感謝と、冥福を祈る機会となっています。

高畠町犬猫やすらぎの里公園

犬の宮・猫の宮の周辺には、ペットの供養を目的とした「高畠町犬猫やすらぎの里公園」が整備されています。

園内には犬猫用の納骨堂、園路、東屋などが設けられているほか、ペットの思い出を残すメモリープレート表示壁もあります。

高畠石を使った納骨堂

納骨堂は、この地域にゆかりのある高畠石を生かした石造りとなっています。ペットの焼骨を合葬式で収蔵する施設で、犬用と猫用の納骨口が設けられています。

納骨口には犬と猫の形をかたどったノブが取り付けられているのも特徴です。一定期間が経過した後は、焼骨を供養したうえで自然に返す仕組みとなっています。

文学作品『高安犬物語』の舞台

犬の宮は、動物作家・小説家・児童文学作家として知られる戸川幸夫の代表作『高安犬物語』の舞台としても知られています。

戸川幸夫は、旧制山形高等学校(現在の山形大学)に在学していた時代にニホンオオカミを探し、クマ猟に使われていた高安犬と出会った体験をもとに、この作品を執筆しました。

高安犬「チン」と人との交流を描いた物語

『高安犬物語』は、絶滅寸前にあった高安犬「チン」と人々との交流を描いた作品です。戸川幸夫自身が飼育していた高安犬との実体験をもとに、一部フィクションを交えて描いた半自伝的な動物文学とされています。

1954年に発表され、第32回直木賞を受賞しました。日本における本格的な動物文学の作品としても知られています。

犬の宮の参道には『高安犬物語』の文学碑が建立されており、神社の伝説だけでなく、高安犬と地域の歴史を文学を通して知ることができます。

人と犬・猫の絆を今に伝える場所

犬の宮・猫の宮は、犬と猫にまつわる古い伝説を受け継ぎながら、現代のペット供養や健康祈願にもつながる、全国でも珍しい信仰の場所です。

犬の宮に伝わる二匹の犬の物語、猫の宮に残る三毛猫「玉」の伝説、全国ペット供養祭、犬猫やすらぎの里公園、そして『高安犬物語』など、さまざまな角度から犬や猫と人との深い関わりを感じることができます。

高畠町の豊かな自然に囲まれた静かな場所で、大切なペットへの感謝を込めて参拝したり、地域に伝わる伝説や文学に触れたりできる、心静かに訪れたい場所です。

高安地区と犬・猫の縁

高安地区は、宮城・福島両県と県境を接する山形県南部の高畠町の山あいにあります。

犬の宮は、和銅年間(708~715)、都の役人に化けて年貢の取り立てで村人を苦しめていた大狸(おおだぬき)を、村人が放った犬2匹が退治し、その後命を落とした2匹を、お告げにより村の鎮守として祀ったのが由来とされています。

猫の宮は、奈良~平安時代にまたがる延暦年間(782~806)、犬に殺された大狸の仕返しをたくらんだ大蛇を、観音様から授かった三毛猫「玉」が退治したが、猫も死んでしまい、観音堂を建て猫を供養したという伝説から建てられました。

全国ペット供養祭

1988年(昭和63年)から毎年7月第4土曜日に犬の宮前で全国ペット供養祭が行われます。これは、両社にペットの遺品を奉納して供養を願う人々が多かったことから始まりました。別当寺院住職の読経により、全国のペットと参列希望者のペットの供養が行われます。

高畠町犬猫やすらぎの里公園

犬猫用の納骨堂と園路、東屋(休憩施設)、メモリープレート表示壁があります。納骨堂は高畠石を活かした石造りで、ペットの焼骨を合葬式で収蔵し、犬用と猫用の納骨口を持ち、一定期間経過後は焼骨は供養した上で自然に返します。納骨口は犬と猫の形をかたどったノブが付いているのが特徴です。

犬の宮

「チンは高安犬としての純血を保っていた最後の犬だった」という書き出しで始まる『高安犬物語』(動物作家:戸川幸夫氏)の直木賞受賞作の舞台となったところです。安産と無病息災の神としても知られ、愛犬の健康と供養に訪れる人も多いです。

由来
和銅年間(708年〜714年)、都から役人が来て村人を集め、「この里は昔から年貢も納めず田畑を作っていたが、今年から年貢の代わりに毎年、春と秋には子供を差し出すように」と言いました。村では大変悲しみ困っていました。ある年、文殊堂帰りの座頭が道に迷い、一夜の宿を頼んだところが、今年の人年貢を差し出す家でした。

ある夜、役人が現れ、ご馳走を食べながら「甲斐の国の三毛犬、四毛犬にこのことを知らせるな」と何回も念を押して帰るのを耳にした座頭は、甲斐の国に使いをやり、三毛犬と四毛犬を借りてこさせ、いろいろ知恵を授け村を去りました。

村人は早速役人を酒席に招き、酔いが回ったところに2匹の犬を放ちました。大乱闘の後、座敷を覗いてみると、血の海の中に子牛のような大狸が2匹と多数の荒狸が折り重なって死んでいました。そばには三毛犬、四毛犬も息絶え絶えに横たわっていました。村人は必死に手当てをしましたが、とうとう犬は死んでしまいました。

この村を救った犬を村の鎮守とせよとのお告げにより、祀ったのが現在の犬の宮といわれています。

猫の宮

猫の宮は昔、養蚕の神として信仰されていました。猫などのペットの神としても知られ、ペットの健康祈願や供養に訪れる人も多いです。

由来
延暦年間(781年〜805年)、高安村に信心深い庄右衛門とおみね夫婦が住んでいました。2人には子供がなく、猫を心から可愛がっていましたが、次々と病死してしまいました。丈夫な猫が授かるように祈っていたある夜、観音菩薩が夢枕に現れ、「猫を授けるから大事に育てよ」とのお告げがありました。翌朝、庭に三毛猫が現れ、夫婦は大いに喜び、「玉」と名付けて大切に育てました。玉も夫婦にますますなつき、村中のネズミを捕るのでたいそう可愛がられていました。

玉は、おみねの行くところどこへでも付いて行きました。特に便所に行くと天井を睨み、今にも飛び掛からんばかりに耳を横にして唸っていました。おみねは気持ち悪く思い、夫に話しました。夫が妻の姿をして便所に行くと、玉は同じ素振りをしました。庄右衛門はいよいよ怪しく思い、隠し持っていた刀で玉の首を切り落としました。すると、首は宙を飛び、屋根裏に潜んでいた大蛇に噛みつきました。

この大蛇は、70数年前に三毛犬、四毛犬に殺された古狸の怨念の血をなめた大蛇でした。玉が守っているため手出しできなかったのです。この事を知った夫婦は大いに悔み、村人に伝え、村の安泰を守ってくれた猫の遺体を手厚く葬り、堂を建て春秋2回の供養を行いました。

高安犬物語

小説家、児童文学作家の戸川 幸夫が1954年に発表した、旧制山形高(現山形大)時代にニホンオオカミを探し、クマ猟に使われた高安犬に出会った体験を元にした作品です。絶滅寸前の高安犬「チン」と人との交流を描いた物語です。第32回直木賞受賞作。

戸川幸夫が、かつて飼育していた高安犬の実体験をもとに、一部フィクションを交えて犬との交流を描いた半自伝的小説で、動物小説として日本初の本格的な動物文学と呼ばれました。

Information

名称
犬の宮・猫の宮
(いぬ ねこ みや)
Inu-no-Miya and Neko-no-Miya - Dog Palace, Cat Palace
住所
山形県高畠町高安
アクセス

高畠駅から車で15分

エリア
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カテゴリ
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