標高約184mの丘に建つ平山城で、周囲には服部川、柘植川、久米川、木津川が流れ、自然の要害に囲まれています。白鳳城や上野城とも呼ばれます。
上野城は三つの時代の天守閣が築かれました。
1. 筒井定次の城
天正13年(1585年)、筒井定次によって築かれたのが最初の伊賀上野城です。平楽寺・薬師寺のあった台地に三層の天守閣が建てられ、城下町は北側に形成されました。しかし、慶長13年(1608年)に筒井定次は改易となり、天守閣も寛永10年(1633年)頃に倒壊したと推定されています。
2. 藤堂高虎の城
慶長13年(1608年)、藤堂高虎は徳川家康の命により伊賀上野城に入城しました。高虎は城を大規模に改修し、高さ約30メートルの高石垣を巡らせて南を大手門としました。
五層の天守閣を建設中、慶長17年(1612年)の大暴風で天守閣は倒壊してしまいました。豊臣方が敗れた後、幕府は城普請を禁じたため、伊賀上野城の天守閣は再建されませんでしたが、城代家老が藩政を担い、幕末までこの地を収めました。
3. 現在の天守閣
現在の天守閣は、昭和7年(1932年)に再建されたものです。木造三層の大天守と二層の小天守からなる複合式天守閣で、伊賀地域の文化と産業の振興の拠点として「伊賀文化産業城」と名付けられました。その優雅な姿から「白鳳城」とも呼ばれ、伊賀のランドマークタワーとして市民に親しまれています。
昭和42年(1967年)、旧城域一帯は国の史跡に指定され、上野公園として整備されました。公園内には松尾芭蕉を祀る俳聖殿、芭蕉翁記念館、伊賀流忍者博物館などがあり、観光地として利用されています。
また、藤堂高虎によって築かれた高さ約30mの石垣や、手当蔵(武器庫)が現存しています。米倉は博物館の一部として上野公園敷地内に移築されています。
9:00~17:00 入場16:45まで
12月29日~12月31日
大人 600円
小人 300円
上野市駅から徒歩で8分