☰
✕

□ » 関東 » 群馬県 » 渋川・伊香保

上三原田の歌舞伎舞台

(かみみはらだ かぶき ぶたい)

農村に残る貴重な伝統芸能の舞台

上三原田の歌舞伎舞台は、群馬県渋川市赤城町上三原田に残る歴史的な農村歌舞伎の舞台です。江戸時代後期の1819年(文政2年)頃に建てられたと考えられており、地域の伝統芸能を支えてきた貴重な文化遺産です。

1960年(昭和35年)には国の重要有形民俗文化財に指定され、翌1961年(昭和36年)には、舞台装置やその操作方法が記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財として選択されました。建物だけでなく、舞台機構やそれを操作する技術も含めて文化的価値が認められています。

素朴な農村舞台でありながら、内部には高度で多彩な舞台装置が備えられており、全国の農村歌舞伎舞台の中でも特に珍しい存在として知られています。

江戸時代後期に建てられた農村歌舞伎舞台

上三原田の歌舞伎舞台は、1819年(文政2年)頃に建てられたと考えられています。建築年代を直接示す棟札などは残されていませんが、地元の大工である永井長治郎が25歳前後の頃に建てたという伝承があり、そこから年代が推定されています。

永井長治郎は若い頃に上方(現在の関西地方)へ修行に出て、劇場建築や舞台装置の技術を学んだと伝えられています。故郷へ戻った後、その経験を生かして建築したのがこの歌舞伎舞台でした。

当初は上三原田地区にある赤城山天竜寺の境内に建てられていましたが、1882年(明治15年)に現在の場所へ移築されました。

建物は寄棟造りの茅葺き屋根を持つ木造建築で、間口約9メートル、奥行き約7メートルほどの規模です。一見すると素朴な農村の建物ですが、その内部には高度な舞台機構が組み込まれています。

全国でも珍しい高度な舞台機構

上三原田の歌舞伎舞台を特徴づけているのが、農村舞台としては非常に珍しい多彩な舞台装置です。特に「ガンドウ返し」「遠見機構」「柱立式回転機構」「セリヒキ機構」という4つの仕掛けが重要な特徴となっています。

ガンドウ返し

ガンドウ返しは、舞台の左右や奥に設けられた板壁を外側へ倒し、舞台の床面として利用する仕組みです。

通常は壁になっている部分を倒して舞台を広げることができるため、演目や演出に応じて舞台の大きさを変えられます。限られた空間を有効に活用する、農村舞台ならではの工夫です。

遠見機構

遠見(とおみ)機構は、舞台の奥にある壁を倒し、奥行きのある景色を舞台背景として取り込む仕組みです。

一般的な劇場では背景幕などを使用して遠景を表現しますが、上三原田の歌舞伎舞台では、外の自然そのものを舞台の背景として利用できます。舞台は西向きに建てられており、かつては遠見の位置から赤城山を望むことができたとも伝えられています。

柱立式回転機構

柱立式回転機構は、舞台を回転させるための仕掛けです。舞台中央には直径約6メートルの円形の床が設けられ、これが廻り舞台として回転します。

この回転部分は「ナベブタ」と呼ばれ、6本の柱によって支えられています。柱とともに舞台装置そのものが回転する特殊な構造で、農村歌舞伎舞台としては全国的にも珍しい仕組みです。

舞台を回転させることで場面転換を効率よく行うことができ、限られた舞台空間で多彩な演出を可能にしています。

セリヒキ機構

セリヒキ機構は、舞台を上下させる昇降装置です。舞台の床下にある奈落から舞台面へ上がる仕掛けと、天井裏から舞台へ降りてくる仕掛けの2種類が備えられています。

舞台中央には「二重」と呼ばれる小さな舞台があり、これを上下させることで、役者が突然現れたり姿を消したりする演出が可能になります。

奈落からの昇降と天井からの降下という複数の仕掛けを備えることで、さまざまな舞台演出に対応できる高度な機構となっています。

地域の人々によって守られてきた舞台

かつて上三原田周辺では、地域住民による地芝居や旅芸人による歌舞伎公演が盛んに行われていました。上三原田の歌舞伎舞台も、江戸時代後期から地域の娯楽や文化の中心として利用されてきました。

しかし、戦後になると映画やテレビなどの新しい娯楽が普及し、歌舞伎公演は次第に減少しました。舞台の維持も難しくなり、一時は取り壊しも検討されました。

その後、研究者や文化財関係者による調査によって、舞台が非常に高い文化的価値を持つことが明らかになり、保存の機運が高まりました。

1959年(昭和34年)には地域住民による上三原田歌舞伎舞台保存会が結成され、翌1960年には国の重要有形民俗文化財に指定されました。こうして、地域の人々の手によって舞台の保存と継承が続けられています。

現在も続く地域の歌舞伎公演

現在も上三原田の歌舞伎舞台では、毎年11月に歌舞伎公演が行われています。地元の歌舞伎保存会だけでなく、小学校の歌舞伎クラブなども参加し、地域ぐるみで伝統文化を受け継いでいます。

公演の準備には多くの住民が携わり、舞台装置の操作や客席の設営など、それぞれの役割を担います。特に客席の屋根は「ハネギ」と呼ばれる大きな木材を組み合わせて作られ、多くの人手と時間をかけて準備されます。

公演中は、奈落や天井裏などに配置されたスタッフが拍子木の音を合図に舞台装置を操作します。複雑な舞台機構を動かすため、当日は約80人もの人々が裏方として公演を支えています。

上三原田には昔から「芝居は見るより見せるもの」という言葉が伝わっています。舞台に関わる地域の人々にとって、公演は単なる鑑賞の場ではなく、地域の文化を次世代へ伝える大切な機会となっています。

農村文化と伝統芸能を伝える文化財

上三原田の歌舞伎舞台は、江戸時代の農村文化と歌舞伎の歴史を今に伝える貴重な文化財です。茅葺き屋根の素朴な外観からは想像できないほど高度な舞台機構を備えていることが、大きな見どころとなっています。

周囲にはのどかな田園風景が広がり、静かな環境の中で歴史と文化を感じることができます。伝統芸能や日本の建築、地域文化に興味のある方にとって、渋川市を代表する歴史スポットの一つです。

地域の人々によって大切に保存され、現在も歌舞伎公演が続けられていることも、この舞台の大きな魅力です。江戸時代から受け継がれてきた農村歌舞伎の文化を、今に伝える貴重な場所となっています。

Information

名称
上三原田の歌舞伎舞台
(かみみはらだ かぶき ぶたい)
Kamimiharada Kabuki Stage
エリア
群馬県の観光地 渋川・伊香保の観光地
カテゴリ
建造物

Gallery

渋川・伊香保

群馬県

カテゴリ

エリア