東平安名崎

(ひがし へんなざき)

海食崖からなる岬は、紺碧の海に抱かれた絶景

宮古島の東端には、2キロにわたって紺碧の海に突き出た美しい岬があります。春にはテッポウユリの花が咲き、美しい景色が広がります。この岬は東平安名崎と呼ばれ、太平洋と東シナ海に面し、宮古島を代表する観光地の一つです。

地理と地形

東平安名崎は、宮古島の南東端に位置し、長さ約2km、幅最大250m、標高約20mの細長い岬です。岬の上面は平坦で、周囲は海食崖に囲まれています。岬の基部から中央部にかけての幅は約120-180mで、中央部から先端部にかけては200-250mに広がっています。

周辺の海域にはサンゴ礁が発達しており、岬の東方約1kmには楕円状の離礁が形成されています。また、岬の先端付近の海岸には最大径6-8mの巨岩が散在しており、パナリ岩礁にも岩塊が点在しています。これらの巨岩は、1771年(明和8年)の八重山地震の津波(明和の大津波)やそれ以前の地震の津波で運ばれてきた津波石であると考えられています。

自然環境と植物群落

強風が吹き寄せるため高木は育たず、風衝地特有の植物群落が形成されています。1980年には、「東平安名崎の隆起珊瑚礁海岸風衝植物群落」として沖縄県の天然記念物に指定され、65科222種の高等植物が生育していることが確認されています。また、4月から5月にかけてはテッポウユリが岬一帯で咲き乱れ、観光名物となっています。

平安名埼灯台

この岬の先端には、海抜43メートルに位置する平安名埼灯台があります。1967年に初点灯され、光達18海里の範囲を照らしています。内部を見学し、上に登ることができる参観灯台で、周囲320度が海であるため、水平線が丸く見え、初日の出の名所として知られています。

歴史的背景と名勝指定

東平安名崎は、2007年には国の名勝に指定され、東平安名崎公園として整備されました。日本の都市公園100選にも選定されています。岬の北東側には保良漁港があります。東平安名崎は、宮古島を代表する観光地のひとつとして、多くの観光客に親しまれています。

東平安名崎の植物群落

岬の上には強風が吹き寄せるため高木は育たず、テンノウメやイソマツを中心とした風衝地特有の植物群落が形成されています。1980年に「東平安名崎の隆起珊瑚礁海岸風衝植物群落」として沖縄県の天然記念物に指定され、1979年の調査によれば、65科222種の高等植物が生育していることが確認されています。

岬の歴史と文化

名称の由来

かつてこの岬と宮古島の北西端にある西平安名岬とは、いずれも「ぴゃうなざき」と呼ばれていました。細長く延びる形が「パウ」(蛇)に似ていることがその由来であるとする説があります。1644年の『正保国絵図』や1647年の『宮古八重山両島絵図帳』には、東平安名崎が「百名崎」、西平安名崎が「ひゃんな崎」と記されています。

その後、2つの岬は東西を冠して区別されるようになりました。その時期は不詳ですが、1894年に発行された『日本水路誌』第2巻ではこの岬が「平安名埼」と記され、「ヒヤンナ」の読みが付されています。一方、1911年4月10日付の琉球新報の記事には「東平安名岬」という記載が見られ、1923年発行の「宮古郡島地図」では2つの岬がそれぞれ「東平安名崎」及び「西平安名崎」とされています。

東のことを宮古語(宮古方言)や沖縄語(沖縄方言)では「あがり」(太陽が上がる方角であることから)等というので、「東平安名崎」は地元では「あがりぴゃうなざき」と呼ばれています。また、沖縄方言では「あがりへんなざき」となります。

マムヤの伝説

岬の付け根にあった保良村(保良元島)に住んでいた娘、マムヤの伝説が残されています。彼女は美しい女性であり、野城按司という人物に見初められますが、最終的には裏切られます。マムヤはこの岬の断崖の中腹にある岩穴にこもり、機織りに励んだ後、断崖から身を投じて命を絶ったと伝えられています。

灯台の近くにはマムヤの墓(岩陰墓)と伝えられる巨岩があり、機を織ったと伝えられる岩穴や屋敷跡とともに、宮古島市の史跡に指定されています。1911年4月10日付の琉球新報には、「此岬の東端に高さ三丈、巾四丈許の巨石北向にして横はれり。これ百年前傾国の美人とて有名なりしマモヤの墓なりという。目下棺と遺骨とは残れり」との記事があり、この記事によれば、当時、マムヤの墓には棺と遺骨が残っていたことが記されています。

パナリ御嶽の伝承

岬の東方のパナリ岩礁にはパナリ御嶽という御嶽があったと伝えられています。1705年の『御嶽由来記』には、「離君あるず」という女神を祭神とし、船守の神として崇敬されていた旨が記されています。

この岩礁はもとは東平安名岬と地続きで、パナリ村という村があったという伝承があります。昔、ティダガナス(太陽神)が降りてきてその村の娘と親しくなり、子供が生まれました。しかし、ある時、ティダガナスは、子守が子供をあやす子守唄を聞いて怒ってしまい、パナリ村を踏みつけると、パナリ村は折れて南へ流れて来間島になったという伝承があります。

Information

名称
東平安名崎
(ひがし へんなざき)
Higashi Hennazaki
リンク
公式サイト
住所
沖縄県宮古島市城辺字保良
電話番号
0980-76-6507
料金

無料(任意で地元の自治会による入場協力金 300円以上)

駐車場
無料
アクセス

宮古空港から車で30分

エリア
沖縄県 宮古島
カテゴリ
海・海岸・岬・半島・島 景勝地・展望台

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