日本最大の磨崖仏 ― 日本寺大仏
薬師瑠璃光如来坐像としての威容
日本寺大仏は、正式には薬師瑠璃光如来坐像と呼ばれ、高さ31.05メートル、丈(座高)21.3メートルにもおよぶ日本最大の磨崖仏(まがいぶつ)です。この巨大な石仏は、鋸山の自然岩を直接彫刻して造られており、その規模と技術の高さから訪れる人々を圧倒します。
この大仏は、鋸山全体に点在する「羅漢石像群」とともに、千葉県の指定名勝「鋸山と羅漢石像群」に登録されています。大仏広場に立ち、見上げるように大仏を眺めると、まるで自然と一体となった仏の慈悲が静かに降り注いでくるような感覚を覚えます。
江戸時代から続く歴史と修復の歩み
現在の日本寺大仏は、1966年(昭和41年)から1969年(昭和44年)にかけて修復されたものです。元々の大仏は、1783年(天明3年)、石工の名匠・大野甚五郎英令が門弟27名とともに鋸山の岩を彫刻して建立しました。当時の像高は約9丈2尺、現在の単位でおよそ37.7メートルにも達していたとされます。
しかし、自然岩を彫刻したため、長年の風雨により侵食が進行し、江戸時代末期には大きく損傷し、崩壊状態となっていました。これを受けて、昭和時代に仏師・八柳恭次らの手で修復が行われ、完成時には像高が約7メートル低い現在の31.0メートルに落ち着きました。
日本寺の歴史と宗派の変遷
聖武天皇の勅願により創建された古刹
日本寺の正式名称は「乾坤山 日本寺(けんこんざん にほんじ)」。その起源は、奈良時代の725年(神亀2年)に遡ります。当時、聖武天皇の勅願により、高僧・行基が開山したと伝えられています。創建当初は法相宗に属していました。
寺は最盛期には七堂十二院百坊を擁し、多くの高僧が訪れる大規模な仏教拠点でした。良弁、空海、円仁といった名だたる僧侶がこの地に留まり、仏像を彫り、護摩を焚くなど、宗教活動に専心したとされています。
宗派の変遷と曹洞宗への改宗
寺はその後、天台宗に改宗し、時代の変遷とともに隆盛と衰退を繰り返します。中世には源頼朝や足利尊氏の庇護を受けて復興され、江戸時代には一時、真言宗に属しました。
そして、徳川家光の治世下で曹洞宗に改宗され、幕府より朱印状を賜るなど、寺院としての格式を保ち続けました。現在も日本寺は曹洞宗の寺院として、多くの参拝者を迎えています。
五百羅漢と石仏群 ― 信仰の証
千五百体を超える石仏群
日本寺の見どころの一つに、「五百羅漢像(千五百羅漢)」と呼ばれる石仏群があります。これは、江戸時代後期の住職・高雅愚伝の発願により、上総国望陀郡桜井村出身の石工・大野甚五郎英令とその門弟たちが、1779年(安永8年)から1798年(寛政10年)にかけて、21年もの歳月をかけて彫り上げたものです。
その数はおよそ1,553体にものぼり、それぞれが異なる表情や姿勢で彫られており、仏教の世界観を豊かに表現しています。この石仏群は、参道沿いや山の斜面に点在し、訪れる者の目を楽しませると同時に、心に安らぎを与えてくれます。
明治以降の変化と近代の出来事
廃仏毀釈や火災による堂宇の喪失
明治時代に入ると、神仏分離令にともなう廃仏毀釈運動の影響を受け、日本寺も大きな打撃を受けます。多くの仏像や堂宇が破壊され、さらに1939年(昭和14年)には火災が発生し、現在に残る建物は仮本堂などわずかとなってしまいました。
聖徳太子像の破壊事件
近年では、2015年(平成27年)5月に、寺内に安置されていた石像の一つである聖徳太子像が何者かにより破壊されるという事件が発生しました。現場には不法侵入の痕跡があり、男女による犯行が疑われています。このような事件にもかかわらず、日本寺は信仰と文化を守り続けています。
インドとの友好の証 ― 聖菩提樹とアショーカ石柱
世界平和を祈念して贈られた聖木
1989年(平成元年)5月24日、日本寺は特別な贈り物を受け取りました。それは、インド・ブッダガヤの「聖菩提樹」の分木です。この木は、釈迦がその下で悟りを開いたとされるもので、インド政府の特別な計らいにより、日本に初めて分け与えられたものでした。
この日は、インド側からの代表団を含め、およそ400人が参加し、大仏広場で植樹記念法要が執り行われました。フェンスに囲まれた菩提樹の前には、記念碑や、アショーカ王の「四獅子像初転法輪石柱」(レプリカ)も建立され、日印友好と世界平和への祈りが込められました。
植樹式に参列した要人たち
この歴史的な植樹式には、当時のインド大統領特別補佐官ラーマ・ロブサング大僧正や、アスラーマ在日大使夫人、日本側からは元皇族・梨本徳彦、元自治相・安孫子藤吉らが参加し、国際的な宗教・文化交流の場としても重要な意味を持ちました。
おわりに ― 信仰と文化が息づく鋸山の名刹
鋸山・日本寺は、自然と調和した仏教文化の粋を伝える貴重な場所です。雄大な日本寺大仏、荘厳な石仏群、歴史ある伽藍、そしてインドとの深い友好関係に支えられた国際的な側面――これらが融合することで、訪れる人々に深い感動を与え続けています。
日本の歴史や信仰に触れたい方、また自然の中で静かに祈りを捧げたい方には、ぜひ一度訪れてほしい場所です。鋸山の山頂から望む絶景とともに、日本寺の荘厳な歴史を心ゆくまで堪能してみてください。