大河ドラマで人気を博した真田幸村の本拠地・上田。断崖絶壁にかかる釈尊寺観音堂で有名な小諸。龍岡五稜郭がある佐久など、近年注目を浴びているエリアです。
上田・小諸・佐久には、美ヶ原高原美術館、別所温泉、北向観音、上田城、信州上田真田丸大河ドラマ館、 菅平高原、安楽寺、小諸城、高峰高原、浅間山などの観光スポットがあります。
また、むしり、安養寺らーめん、佐久鯉、駒月みそかつ丼、美味だれ焼き鳥などのご当地グルメもおすすめです。
現代アートと壮大な自然が出会う天空の美術館 美ヶ原高原美術館は、長野県上田市武石上本入、美ヶ原高原の標高約2,000メートルという高冷地に位置する、日本を代表する屋外彫刻美術館です。雄大な自然環境の中に現代彫刻を配置するという独自のコンセプトにより、「自然そのものが展示空間」となる、他に類を見ない芸術体験を提供しています。 広大な約4万坪にもおよぶ敷地には、なだらかな草原が広がり、その中に国内外の著名なアーティストたちによる現代彫刻作品が点在しています。視界を遮るものがほとんどない高原では、360度の大パノラマが広がり、遠く北アルプスや八ヶ岳、浅間山系などの名峰を望むことができます。芸術と...»
道の駅 美ヶ原高原は、長野県の美ヶ原高原に位置する、日本で最も標高の高い場所にある道の駅です。標高約2,000メートルという高地にあり、まるで空に近い場所に立っているかのような特別な体験ができます。ビーナスラインの終点に位置し、ドライブの目的地としても人気が高く、多くの観光客が訪れる絶景スポットです。 周囲には雄大な山々が広がり、北アルプスや浅間山、佐久平方面まで見渡せる大パノラマが魅力です。天候や条件が整えば、眼下に広がる幻想的な雲海を眺めることもでき、訪れるたびに異なる景色に出会える場所として知られています。 360度に広がる圧巻の大パノラマ 美ヶ原高原は、八ヶ岳中信高原国定公園の一...»
日本一広大な高原が広げる壮大な自然と文化の世界 美ヶ原は、長野県松本市・上田市・小県郡長和町の三市町にまたがって広がる、日本屈指の高原地帯です。八ヶ岳中信高原国定公園の北西部に位置し、日本百名山の一つにも数えられています。標高約2,000メートルの台地が一面に広がる景観は、日本でも類を見ないスケールを誇り、「日本一広い高原台地」として知られています。 高原一帯は四季折々に異なる表情を見せ、訪れる人々に深い感動と癒やしを与えてくれます。夏には爽やかな風が吹き渡る草原、春から秋にかけては高山植物が彩る花の楽園、そして晴れた日には北アルプスや富士山まで見渡せる大パノラマが広がります。その美しさか...»
夏の高原を楽しむドライブ ビーナスラインは、長野県の高原地帯を走る日本屈指の観光山岳道路であり、茅野市から上田市の美ヶ原高原までを結ぶ全長約76kmのドライブルートです。平均標高は約1400mと高く、まさに“天空の道”と呼ぶにふさわしい爽快な景観が広がります。昭和期に整備されたこの道路は、現在では無料で通行できることから、多くのドライバーや観光客に親しまれています。 名前の由来は、沿道にそびえる蓼科山の美しい山容が女神に例えられたことにあります。かつては有料道路であった蓼科有料道路や霧ヶ峰有料道路を含む総称として「ビーナスライン」と呼ばれ、現在もその愛称が受け継がれています。 四季折々に...»
地元の川の伏流水で育った佐久鯉を甘露煮や洗い、鯉コクで味わう 県東部にある佐久市の名物は”コイ料理”。佐久のコイは、文政8年に大阪淀川から持ち込まれ、水田養育というユニークな飼育方法で有名になり、千曲川や八ヶ岳の伏流水で育てられるため、身が締まっていて、泥臭さがないのが特徴だ。主な調理としては、しょうゆと砂糖、水あめをあわせた汁で煮る”甘露煮”や、筒きりにしたコイを生揚しょうゆと砂糖、みりんで煮る”うま煮”、いきたコイをそぎ切りやはね作りにして冷水にさらした”洗い(刺身)”など。コイを味噌汁にした”コイこく”も、地元名物信州味噌との相性が良く美味だ。...»
生薬の王様とも言われ、体の機能の正常化を助ける 薬用人参は、我々が日常食用とする人参とは全く違なる。食用の人参がセリ科の植物で「ベータカロチン」を多く含み、食卓に欠かすことができないのに対し、薬用人参とはウコギ科の多年生植物で、多くの「サポニン群」を含み、多様な薬用効果がある。長野県の薬用人参の生産は全国でもトップクラス。特に佐久地域では佐久市・立科町・東御市を中心に栽培され長野県産・薬用人参の約2割を生産している。薬用人参は収穫までに4~6年という期間を必要とし、高度な栽培管理技術が必要であるため、産地は長野県内でも限定されている。 旬 8月 9月 10月 ...»
長野は国内生産のそば粉の名産地!カロリーが低く、ヘルシー 長野はそばの産地として国内でも有名。そばは、健康食品としてもたいへん人気があり、「そばは妙薬」という言葉もあるほど。そばは良質のタンパク質で、かなりの必須アミノ酸を含んでおり、それでいて米や小麦粉と比べてカロリーが低いためダイエット食としても注目されている。また、そばにはビタミンB1、B2、他の食物には含まれていないルチンなどが豊富に含まれており一度に多くの栄養素を摂取することが出来、成人病予防の効果も期待できる。...»
長野の地域ブランド地鶏。噛むほどに味わい深い味が特徴 日本鶏の軍鶏と名古屋種のコーチンを母親として長野県畜産試験所が地域ブランドの一つとして開発した鶏。標高800メートルの飯綱高原の山中で1平方メートルあたり、3羽以下という飼育環境が味わい深くしっかりとした歯ごたえのある鶏肉を生む。飼料に抗生物質・抗菌剤を使用せず、森林からの湧き水で育った黄金しゃもは信濃農園で加工され無駄のない流通で届けられている。肉は身がしまり、歯ごたえがある食感、あふれる肉汁、そして噛むほどに増す豊かな風味と3拍子揃った鶏肉だ。...»
長野県で伝説となっている幻のラーメン 信州そばで全国的に知られる“そば大国”信州の技術をいかし、喉越しの良い細麺ながらももちもちとした食感が堪らない麺。その麺に負けないように、鶏、豚から丁寧に旨みだけを抽出し、醤油で調えたあとにバチっと黒胡椒でキメた複合醤油スープ。さらに仕上げにメンマ、のりと定番の具に加えて、シャキシャキのささがきネギはスープの熱さで甘くなり、しっかりと味の染みたチャーシューは、強めのスープのなかでも存在感を示します。かつて長野市内にあった老舗ラーメン店の人気メニューを、県内ラーメン店の店主でつくる信州麺友会が復活させた。...»
鯉のコクある風味でもてなした信州の味噌汁 鯉こくとは、輪切りにした鯉を味噌でじっくりと煮込んだ、信州を代表する郷土料理のひとつです。北陸から東北の内陸部にかけて広く伝わる料理ですが、特に長野県では古くから親しまれ、地域の食文化として深く根付いています。 その名前の由来は、かつて「濃醤(こくしょう)」と呼ばれる味の濃い味噌を使って魚を煮込んだ料理にあります。現在では濃醤自体はあまり見られなくなりましたが、その名残として「鯉こく」という呼び名が定着し、鯉を使った味噌汁として広く知られるようになりました。 コク深い味わいと魅力 信州味噌と鯉の絶妙な調和 鯉こくの最大の魅力は、何といっても濃...»
安養寺味噌づくしの、スープとトッピングが絶妙なラーメン 信州味噌発祥の地として名高い佐久市で作られる”安養寺味噌”は、味噌本来の味を残し、昔ながらの素朴な味が楽しめる味噌として有名だ。その味噌を「元気な街づくりにいかしたい」と、地元のラーメン店と行政が試行錯誤を重ねてうみ出したのが“安養寺ら~めん”だ。鶏、豚、野菜をベースにしたスープに、味噌をあわせることでまろやかな味に仕立て、さらっと食べられる細麺とあわせ、味噌に漬け込んだ鶏チャーシューと煮玉子をトッピングしてある。味噌の素朴な味が具材にコクを与え、奥深い味わいが楽しめる。 「安養寺」は、鎌倉時代に中国に渡って味噌作りの技術を学び、日本...»
長野東信地方ではお馴染みの和菓子。冬の脂肪分補給に最適 おはぎとは、うるち米ともち米を混ぜて炊き、米粒が残る程度について小ぶりの俵状にまるめ、餡をまぶした食べ物。「くるみおはぎ」とは長野県東信地方に伝わる「くるみ」を使ったおはぎ。香り高い鬼ぐるみで作ったタレや、くるみをまぶすなどしていただく。全国ではあまりなじみのないくるみおはぎだが、長野県東信地方では、家のまわりにくるみの木を植え、冬の脂肪分の補給用にと、多く使われていたため、おはぎにも使われるのが当たり前となっている。...»
長野県信州で造られる地ビール“OH! LA! HOビール(オラホ)”。「オラホ」とは地元の方言で「私たちの地域」という意味で、東御市の穏やかな気候とおいしい水によって醸造された麦芽100%のビールだ。 通年の定番商品として“ゴールデンエール”、“アンバーエール”、“ケルシュ”、“ペールエール”の4種類。この他に限定醸造商品として、“ビエール・ド・雷電”、“ホワイトエール”、“ヴァイツェン”、“インディアペールエール”、“ポーター”がある。 1999年の「インターナショナル・ビア・コンベディション」でペールエールが銅賞を受賞したのを皮切りに、日本国内のビール大会で数々の賞を受賞しており、国内外で...»
小川村は、長野県の北部に位置する自然豊かな村であり、美しい山々と谷川に囲まれた景観が魅力です。長野市と白馬村のほぼ中間にあり、「ふるさと信州風景100選」や「信州サンセットポイント百選」に選ばれるほど、四季折々の風景が人々の心を和ませます。 また、小川村は全国の美しい農山村が加盟する「日本で最も美しい村連合」の一員でもあります。手つかずの自然や、昔ながらの暮らしが色濃く残るこの村は、訪れる人々に深い感動を与えてくれます。 地理と自然環境 小川村は、長野県上水内郡に属し、標高の高い山々と渓谷に囲まれた風光明媚な土地です。村の中央を流れるのは、犀川の支流である土尻川であり、この川へ向かって傾...»
長野県上水内郡小川村に静かに佇む高山寺は、真言宗豊山派に属する由緒ある古刹であり、その山号を宝珠山と称します。本尊には聖観音菩薩をお祀りしており、信濃三十三観音霊場の第33番札所、いわゆる「札止めの寺」としても知られています。 高山寺の歴史 平安時代の創建と坂上田村麻呂の伝承 高山寺の起源は、平安時代初期の大同3年(808年)にさかのぼります。征夷大将軍・坂上田村麻呂がこの地に戦勝祈願のため観音堂を建立し、弘法大師(空海)が自ら刻んだとされる聖観音菩薩像を安置したことが、寺の始まりとされています。 源頼朝による寄進と寺の隆盛 その後、地域の支配者たちから厚い庇護を受け、高山寺は一時期...»
岩鼻は、長野県上田市と埴科郡坂城町の境付近、千曲川(信濃川の長野県内での呼称)沿いに位置する自然の景勝地です。千曲川を挟んで対峙するように聳える断崖は、左岸の「半過岩鼻」と右岸の「下塩尻岩鼻」と呼ばれています。 左右に対峙する険しい崖が印象的で、自然の力強さを感じさせる地形が特徴となっています。この一帯は、長野県指定の天然記念物であり、豊かな地質学的価値を有する貴重な自然遺産です。 岩鼻の地理と地質 千曲川を挟んで向かい合う2つの崖 岩鼻は、千曲川を挟んで左岸側に「半過岩鼻(はんがいわばな)」、右岸側に「下塩尻岩鼻(しもしおじりいわばな)」がそびえる独特の地形です。崖の高さは約120メ...»
村上氏の栄華と戦乱の舞台 葛尾城は、現在の長野県埴科郡坂城町に位置した戦国時代の山城です。かつて信濃国埴科郡葛尾に所在し、村上氏の本拠地として北信最大級の勢力を誇った拠点でした。山々に囲まれたこの地は、戦略的にも防御性に優れており、付近には村上氏の支族が築いた支城や砦の跡が多数残されています。 村上義清と葛尾城の盛衰 戦国時代、村上義清は信濃の小県郡を本拠とし、甲斐の武田晴信(後の武田信玄)による信濃侵攻に対抗しました。天文17年(1548年)の上田原の戦い、翌年の砥石崩れで村上氏は二度にわたって武田軍を撃退し、実力を世に知らしめました。 しかし天文22年(1553年)、義清の後背を支...»
坂城神社は、長野県埴科郡坂城町坂城に位置する古社で、千年以上の歴史を誇る由緒正しい神社です。信濃国の式内社のひとつとして『延喜式神名帳』にも記載されており、旧社格は「県社」に列せられています。地元では「坂城大宮」とも呼ばれ、古くから地域の人々に親しまれてきました。 神社の由緒と歴史 創建の起源と主祭神 坂城神社の主祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)です。社伝によれば、景行天皇40年(西暦110年頃)、ヤマトタケルが東征の折にこの地に祖神を祀ったことに始まるとされ、白鳳2年(673年)には国家の安泰と地域の繁栄を祈って社殿が創建されました。 中世から戦国時代にかけての信仰 坂城神社は...»
須川湖は、長野県上田市大字諏訪形字須川に位置する、豊かな自然に囲まれた静かな湖です。上田市中心市街地から長野県道186号上田塩川線を南東へ進むと、山中に広がるこの湖にたどり着きます。標高約700メートルの小牧山の山腹にあり、面積は約10万平方メートル、周囲長は約3キロメートル、最大水深は4.6メートルに達します。 周囲にはカラマツ林が広がり、四季折々に美しい風景を見せてくれます。植物の種類も豊富で、生態系の多様性が感じられる自然環境となっています。また、北側の山には源義仲(木曾義仲)が築いたとされる城跡があり、歴史的な背景もこの地に趣を加えています。 歴史的背景と人々との関わり 農業用水...»
坂城町は、長野県北部に位置し、北信地方に属する町です。行政区画としては埴科郡に属し、千曲川のほとりに開けた美しい自然と歴史ある地域です。地理的には長野地域の南部に位置しますが、生活圏や経済活動、気候などの面では東信地方の特徴も持ち合わせており、両地域の文化や特色を融合した独特の地域性を有しています。 地理と自然 町内を流れる千曲川は、地域の農業や生活に大きな恩恵をもたらしてきました。1952年に着工し、1968年に完成した埴科頭首工は、農業用水の供給など重要な役割を果たしています。また、日名沢川、御堂川、谷川、福沢川などの河川も流れており、自然環境が豊かです。 周囲には大峰山、鏡台山、五...»
上田市は、長野県の東部に位置する都市であり、東信地方および上田地域の中心として発展してきました。長野県内では、長野市、松本市に次ぐ第3の都市規模を有し、歴史・文化・自然・産業が融合する魅力的な地域です。 歴史的な城下町と信州の鎌倉 市の中心部、千曲川の右岸には、戦国時代に真田氏が築いた上田城を中心とする城下町が広がります。一方、千曲川の左岸に位置する塩田地区は、鎌倉時代に北条氏の一族である塩田北条氏が治めた地であり、多くの文化財が現存し、「信州の鎌倉」とも称されます。市街地の北方には、真田氏発祥の地である真田郷(旧・真田町)もあり、歴史好きにはたまらない地域となっています。 広がる都市圏...»
上田城は、長野県上田市二の丸(旧・信濃国小県郡上田)に築かれた平城で、戦国時代の名将・真田昌幸によって天正11年(1583年)に築城が開始されました。現在残る本丸の櫓(南櫓、北櫓、西櫓)は、江戸時代初期の寛永年間(1626年以降)に仙石忠政が再建築したものです。 地理的要衝としての立地 上田盆地の北部、千曲川の分流である尼ヶ淵に面する要地に位置し、南には千曲川、北には太郎山が望めます。城の南側は断崖を利用し、北西・北側には矢出沢川、東側は蛭沢川や湿地帯を取り込み総構えの防備を築きました。当初は小泉氏の古城館があった場所(小泉曲輪)で、築城時には「尼ヶ淵城」とも呼ばれました。 真田氏時代の...»
信濃国分寺は、長野県上田市国分に位置する天台宗の寺院で、本尊に薬師如来をお祀りしています。奈良時代、聖武天皇の詔により全国に建立された国分寺のひとつ、信濃国国分寺の後継寺院として長い歴史を受け継いできました。現在は「八日堂」の名でも広く親しまれ、上田を代表する歴史文化観光地として多くの参拝者や歴史愛好家が訪れています。 奈良時代の創建と国分寺の役割 天平13年(741年)、聖武天皇は国家鎮護と仏教による平安祈願を目的として、全国の国ごとに国分寺・国分尼寺を建立するよう命じました。信濃国においては、当時政治・文化の中心地であった上田盆地、千曲川北岸の地に壮大な伽藍が築かれました。 発掘調査...»
上田市立博物館は、長野県上田市にある市立の博物館で、上田城跡公園内に位置しています。地域の歴史や文化を知る貴重な施設として、上田城や旧藩、城下町の歴史を深く伝え続けています。 博物館の歩みと建築の特徴 徴古館から始まった歴史保存の取り組み 明治維新後、上田城は廃城となり、建物や敷地は民間に売却されました。しかし、地域の有志たちが文化財の保護を志し、1929年(昭和4年)、残存していた旧西櫓に旧藩時代の遺物を展示する「徴古館」を開設しました。 櫓の再建と博物館への昇格 上田城の南櫓と北櫓は一時期、遊郭に移築されていましたが、上田市がこれらを買い戻し、1949年に城内へ再建しました。19...»
科野大宮社は、長野県上田市に鎮座する由緒ある神社で、かつての信濃国総社と推定されています。古来より地域の守護神として信仰され、近代の社格制度では「県社」に列せられました。その深い歴史と由緒は、長野県内でも特に重要な神社の一つとして知られています。 祭神とその由来 主祭神 本社の主祭神は以下の二柱の神々です。 大己貴命(おおなむちのみこと):国造りの神であり、出雲大社の主神としても知られています。 事代主命(ことしろぬしのみこと):商業や漁業の守護神として信仰され、恵比寿様の姿で広く親しまれています。 相殿神 相殿には以下の神が祀られています。 健御名方富命(たけみな...»
生島足島神社は、長野県上田市下之郷に位置する神社で、古くから格式高い神社として知られています。平安時代に編纂された『延喜式神名帳』にも記載されており、名神大社に列せられた由緒ある神社です。かつては国幣中社として朝廷からの崇敬を受け、現在では神社本庁に属する別表神社として信仰を集めています。 主祭神とその御神徳 この神社に祀られているのは、生島大神(いくしまのおおかみ)と足島大神(たるしまのおおかみ)の二柱です。生島大神は生命を生み育てる力を司る神様であり、足島大神は国土を満ち足らせる神として古代から崇敬されています。両神は宮中でも祀られており、朝廷との深いつながりがうかがえます。 神社の...»
北向観音は、長野県上田市の名湯・別所温泉に位置する、天台宗の由緒ある寺院です。天台宗の古刹である常楽寺を本坊とし、北向観音はその伽藍の一部として構成され、同寺によって管理されています。堂宇が文字通り北を向いて建てられていることから「北向観音」と称され、全国的にも珍しいその配置には、深い宗教的意味が込められています。 本尊と真言 本尊は千手観世音菩薩で、その真言は「おん ばざら たらま きりく そわか」と唱えられ、現世に生きる私たちへの救済の願いが込められています。また、御詠歌には「いくばくの人の心を澄ますらん 北向山の峯の松風」と詠まれ、訪れる人々の心を静める風景が表現されています。 北...»
天台宗の別格本山として知られる寺院 常楽寺は、長野県上田市の別所温泉に所在する天台宗の寺院であり、同宗における別格本山に位置付けられています。本尊には妙観察智如来を祀り、山号は金剛山と称されます。古くより地域の精神的支柱として人々の信仰を集めており、同じく別所温泉にある有名な寺院北向観音の本坊としても知られています。 常楽寺の由緒と歴史 円仁(慈覚大師)による開創 寺伝によれば、常楽寺は平安時代初期の天長2年(825年)に、天台宗の高僧として知られる円仁(慈覚大師)によって開創されたとされています。当時、現在の別所温泉一帯は「七久里の里」と呼ばれており、観音菩薩が出現した霊地とされまし...»
信州最古の禅寺 安楽寺は、長野県上田市別所温泉に位置する曹洞宗の名刹です。山号は崇福山(そうふくさん)、院号は護国院(ごこくいん)と称され、本尊は釈迦如来をお祀りしています。長野県で最も古い禅寺として知られ、境内奥に建つ国宝・八角三重塔は、日本に現存する唯一の木造八角塔として、全国的にも極めて貴重な文化遺産です。深い緑に包まれた境内には、長い歴史の重みと、禅寺ならではの凛とした静けさが漂い、別所温泉を代表する名刹として多くの参拝者を迎えています。 別所温泉と安楽寺の立地 安楽寺が建つ別所温泉一帯は、古くから塩田平と呼ばれ、「信州の鎌倉」と称される歴史文化の宝庫です。 鎌倉時代には塩田流北...»
独鈷山麓に佇む信仰と美の古刹 前山寺は、長野県上田市前山、独鈷山(とっこさん・標高1,266メートル)の山麓に位置する、真言宗智山派の寺院です。山号は獨股山(または独鈷山)と称し、本尊には宇宙の真理を象徴する大日如来を安置しています。塩田平の南端、塩田城の鬼門にあたる地に建つこの寺は、古くから信仰と祈りの場として人々の心を支えてきました。 本堂は珍しい木造茅葺き屋根の建築で、国の登録有形文化財に指定されており、約400年前に建てられた伝統的な建築様式を今に伝えています。その茅葺き屋根は約4尺(約120センチ)もの厚さがあり、堂々としたたたずまいが訪れる人々を魅了します。 信州の鎌倉・塩田...»
信州の鎌倉に佇む歴史ある茅葺き屋根の古刹 中禅寺は、長野県上田市前山に位置する、真言宗智山派に属する由緒ある寺院です。山号は竜王山、院号は延命院と称し、古くから地域の人々に信仰されてきました。美しい自然に包まれた塩田平の一角、標高の高い独鈷山の麓にひっそりとたたずむ中禅寺は、まさに「信州の鎌倉」を象徴する存在とも言えるでしょう。 その本尊には延命地蔵菩薩を祀り、訪れる人々に慈悲と安寧を授けてきました。特に、境内に建つ薬師堂は、長野県内最古の木造建築物とされ、国の重要文化財に指定されています。静謐な空気と歴史の重みを感じさせるこの場所は、仏教信仰と文化財としての価値を今に伝える貴重な存在です...»
伝説に彩られた温泉地 別所温泉は、長野県上田市に位置する標高約570mの高地にある温泉地です。「信州最古の温泉」として知られ、その起源は日本武尊(やまとたけるのみこと)の東征にまで遡るとされています。日本武尊が七つの苦しみから人々を救うために開いた温泉という伝説から「七久里の湯(ななくりのゆ)」とも呼ばれており、清少納言の『枕草子』にも記されるなど、古くから名湯として親しまれてきました。 別所温泉の魅力 歴史と伝承の宝庫 古代から多くの人々に親しまれてきた別所温泉は、木曽義仲や真田幸村といった歴史的人物ともゆかりがあると伝えられています。特に、平安時代末期に木曽義仲が入湯したという伝承...»
自然と静寂に包まれた温泉地 鹿教湯温泉は、長野県上田市(旧丸子町、旧西内村)に位置する、自然と信仰の趣が調和する歴史ある温泉地です。古くから湯治場として親しまれており、江戸時代より人々の健康を支えてきました。昭和31年には環境庁(現・環境省)より国民保養温泉地に指定されており、現在も療養目的の訪問者が多く訪れています。 「鹿が教えた湯」──開湯伝説 鹿教湯温泉という名前には美しい伝説が込められています。文殊菩薩が鹿の姿に身を変え、信仰心の篤い猟師に温泉の場所を教えたというものです。この故事により、「鹿が教えた湯」として鹿教湯と名づけられました。温泉地の中には、その伝説を今に伝える文殊堂が...»
霊泉寺温泉は、長野県上田市(旧・信濃国)にひっそりと佇む、小さな温泉地です。周囲を山々に囲まれ、歴史と自然の調和が感じられる静かな環境の中にあります。観光地としての華やかさはありませんが、訪れる人々にとってはまさに心身を癒す隠れた名湯として親しまれています。 泉質とその特徴 身体にやさしいシンプルな湯 霊泉寺温泉の泉質はアルカリ性単純温泉(低張性・アルカリ性・高温泉)で、源泉温度は約42℃となっています。無色透明で、やわらかい肌触りが特徴の湯は、刺激が少なく、赤ちゃんからお年寄りまで安心して入浴できるのが魅力です。 石膏性苦味泉の効能 また、泉質には石膏性苦味泉としての性質も含まれて...»
池波正太郎真田太平記館は、長野県上田市に所在する文学館であり、戦国時代の名将・真田家を題材とした時代小説『真田太平記』を中心に、池波正太郎の文学作品や関連資料を多数展示しています。正式名称は「上田市池波正太郎真田太平記館」であり、上田市が事業主体として運営している施設です。また、当館は全国文学館協議会にも加盟しており、地域文化と文学の発信拠点として高い評価を得ています。 開館の背景と池波正太郎とのゆかり 池波正太郎と上田の深い結びつき 池波正太郎は、戦国武将・真田氏を題材にした歴史小説の執筆に際し、何度も上田を訪れ、現地での取材を重ねました。その縁により、1998年11月23日、上田市に...»
木のぬくもりと芸術が息づく 尾澤木彫美術館は、長野県上田市に位置する、全国でも数少ない木彫専門の美術館です。この美術館は、長野県で発展した「農民美術運動」の先駆者である工芸家・彫刻家尾澤千春氏と、その息子である尾澤敏春氏による作品を中心に、木彫の魅力を存分に伝える文化施設です。 展示内容とその魅力 1500点以上の木彫作品と世界の木彫人形 館内には、尾澤千春・敏春両氏が手がけた木彫作品が1500点以上収蔵・展示されており、その多くが飾額や飾鉢といった装飾品です。また、実用品としての木彫作品も多く、箱類、盆、菓子器など、生活に密着した美術工芸品の数々が並びます。 さらに、世界各国から集...»
上田市立美術館は、長野県上田市にある地域の芸術・文化活動の中心として知られる美術館です。そのルーツは、洋画家山本鼎(やまもと かなえ)の功績を讃える「上田市山本鼎記念館」に遡ります。山本鼎は、大正時代に児童自由画教育運動や農民美術運動を上田市から全国へと広げた先駆者として高く評価されています。 山本鼎記念館から上田市立美術館へ 記念館設立の背景 1959年には、山本鼎の業績を顕彰するため記念館設立推進委員会(委員長:堀込義雄氏)が発足し、全国的な募金活動が展開されました。これに加えて、上田市からの敷地提供、長野県からの補助金などの支援を受け、1962年10月8日、上田城二の丸跡にある上田...»
静寂の中に語りかけるアート 無言館は、長野県上田市古安曽にある美術館で、館主・窪島誠一郎(くぼしま せいいちろう)氏の尽力により1997年(平成9年)に開館されました。この施設は、単なる美術館ではなく、第二次世界大戦で命を落とした若き画学生たちの遺作を展示する追悼の場でもあります。 窪島氏自身も、「これは美術館なのか、それとも戦没者慰霊のための場所なのか、境界が曖昧だ」と語っており、無言館は静かに訪れる人の心に問いを投げかける空間です。 設立の背景 ―『祈りの画集』との出会い 無言館の構想は1977年(昭和52年)に遡ります。窪島氏は、日本放送出版協会から刊行された『祈りの画集 ― 戦...»
KAITA EPITAPH 残照館は、長野県上田市前山に位置する美術館です。かつてこの地に存在していた「信濃デッサン館」の精神とコレクションを継承し、新たなかたちで芸術の息吹を今に伝える場として、2020年(令和2年)に開館しました。 美術館の歩み 信濃デッサン館の設立と発展 1979年(昭和54年)、作家であり美術評論家でもある窪島誠一郎氏によって、「信濃デッサン館」が設立されました。窪島氏が長年にわたり情熱を注いで収集した、夭折の芸術家たちの貴重な作品群がこの館に集められ、多くの来館者に静かで深い感動を与えてきました。 そのコレクションには、村山槐多の代表作「尿する裸僧」(1915...»
武石ともしび博物館は、長野県上田市に位置する灯火文化に特化した珍しい博物館です。行灯や燭台、ランプといったさまざまな灯火器具を収集・展示し、火のある暮らしがもたらしてきた文化や歴史を多角的に伝えています。古くから人々の生活に欠かせなかった「火」や「灯り」の営みを、来館者が五感で学び、体験できる貴重な施設です。 博物館の概要と構成 武石ともしび博物館は、単一の建物ではなく、複数の施設から成る複合的な構成を持っています。展示館・伝承館・茶室「煌庵」・体験館の4つの主要な施設から構成されており、それぞれ異なる視点から「火」の文化を紹介しています。また、美しい日本庭園も整備されており、来館者がゆっ...»
菅平高原スキー場は、長野県上田市(旧真田町)の美しい高原に位置する、歴史あるスキーリゾート地です。1928年(昭和3年)に開設され、以来多くのスキーヤーやスノーボーダーに愛されてきました。スキー場全体は「菅平高原スノーリゾート」として広く認知されており、大小いくつかの会社が共同で運営しています。 開設当初と歴史 菅平高原スキー場は1928年1月に開設され、長い歴史を有するスキーリゾートです。初めてスキー場として設置された時から、菅平高原は中・緩斜面が多く、初心者や中級者に適したスキーコースが揃っていることが特徴です。そのため、家族連れや初心者、さらにスキルアップを目指す人々にとって、理想的...»
美味だれ焼き鳥は、長野県上田市で生まれた独自の味付けが特徴の焼き鳥料理です。一般的な焼き鳥と異なり、醤油ベースにすりおろしニンニクをたっぷりと加えた風味豊かな「たれ」に焼き鳥を浸したり、上からかけたりして味わうのが特徴です。 誕生の歴史と広がり 上田市から始まった美味なる焼き鳥文化 美味だれ焼き鳥は、昭和30年代に上田市内のある焼き鳥店によって考案されたと伝えられています。最初は店独自の味付けとして提供されていたものの、次第に他の店舗や家庭にも広がり、上田の焼き鳥文化として地域に深く根づいていきました。 家庭や店舗による多彩なアレンジ 基本となるのは、すりおろしニンニク入りの醤油だれ...»
小諸市は、長野県の東部に位置する歴史ある市です。1954年(昭和29年)に市制が施行され、今日に至ります。江戸時代には小諸藩の城下町として栄え、北国街道の要衝として交通と商業の中心を担ってきました。 江戸時代の面影を残す城下町 小諸は、江戸時代に築かれた小諸藩の城下町として知られ、その名残は現在でも町並みや文化に色濃く残っています。中心部にある小諸駅周辺は、城下町としての風情と北国街道の宿場町としての機能を受け継いでおり、商業と行政の中核を担っています。市役所や各種公共施設もこの周辺に集まっています。 交通と都市構造の変化 かつて信越本線の主要駅であった小諸駅は、特急列車の停車駅として...»
北国街道の要衝に残る格式高き宿駅建築 旧小諸本陣は、長野県小諸市の旧北国街道小諸宿に現存する、江戸時代の本陣兼問屋場建築です。本陣とは、参勤交代で往来する大名や、幕府役人、勅使といった身分の高い人物が休泊した特別な宿舎であり、宿場町の中でも最も格式の高い施設でした。 旧小諸本陣は、街道に面した堂々たる外観と、宿駅制度を支えた行政的機能を併せ持つ点に大きな特徴があります。現在、建物内部は非公開ですが、外観や門構えからは、往時の小諸宿が北国街道において重要な役割を担っていたことが強く伝わってきます。 本陣と問屋場 ― 宿場町を支えた中枢施設 本陣・脇本陣とは 江戸時代、幕府は主要街道に宿...»
小諸城は、長野県小諸市に所在する日本の歴史的な城跡であり、かつて信濃国佐久郡に属していた地域に築かれました。その別名には、「酔月城」「穴城」「白鶴城」などがあり、いずれも小諸城の独特な構造や風情を表現しています。 小諸城の構造と築城の背景 小諸城は、長享元年(1487年)に大井光忠によって築かれたと考えられています。その後、戦国時代には武田信玄の信濃支配を支える城として、現在の縄張りが形成されました。設計には信玄の軍師・山本勘助が関与したとの伝承もありますが、確かな史料は残されていません。 安土桃山時代から江戸時代にかけて、城は石垣や天守を伴う近世城郭へと改修され、特に仙石秀久による大改...»
小諸宿本陣主屋および旧小諸本陣は、江戸時代に北国街道を行き交った大名や公家、上級武士たちの往来を支えた、小諸宿を代表する歴史的建築です。現在も小諸の町なかに点在し、それぞれが異なる形で保存・活用されながら、往時の宿場町の面影を現代に伝えています。 北国街道と小諸宿の役割 北国街道は、中山道の追分宿から分かれ、日本海側の越後・加賀方面へと至る重要な街道でした。その途中に位置する小諸宿は、交通・軍事・経済の要衝として発展し、加賀百万石前田家をはじめとする多くの大名行列が休泊する宿場として栄えました。 その中心的施設が本陣であり、身分の高い人物のみが宿泊できる特別な建物でした。本陣の存在は、宿...»
歴史と教育の灯を今に伝える記念館 小諸市立小諸義塾記念館は、長野県小諸市にある歴史博物館です。明治時代に存在した私塾「小諸義塾」の本館校舎を移築・復元し、1994年(平成6年)に開館しました。明治時代の近代教育を支えた記録や資料を展示し、日本の教育史を学ぶ貴重な文化施設として、多くの来館者に親しまれています。 小諸義塾とは 小諸義塾は、1893年(明治26年)11月に、キリスト教牧師であり教育者でもあった木村熊二(きむらくまじ)が、地元青年たちの要望に応えて設立した私塾です。当時の佐久地方には高等教育の場がなく、学びを志す若者の受け皿として、小諸義塾は大きな役割を果たしました。 この義...»
芸術と眺望が調和する文化拠点 市立小諸高原美術館・白鳥映雪館は、長野県小諸市の北西部、飯綱山の山頂近くに位置する市立美術館です。1998年(平成10年)10月7日に「地域文化の集大成と美術振興の拠点」として開館し、以後、小諸市ゆかりの芸術家の作品を中心に多彩な展示を行ってきました。 地元の芸術家たちの息吹を伝える展示構成 当館では、明治から昭和にかけて活躍した水彩画家・丸山晩霞(まるやまばんか)や三宅克己(みやけかつみ)、小山周次(こやましゅうじ)ら、小諸義塾に関わりを持つ画家の作品をはじめ、地元出身の著名な日本画家・白鳥映雪(しらとりえいせつ)の作品を常設展示しています。白鳥氏は当館の...»
菱野温泉は、長野県小諸市の山あいにひっそりと佇む温泉地です。標高約1000メートルの高原に位置し、四季折々の自然美と清らかな空気に包まれたこの温泉地は、静かで落ち着いた雰囲気が魅力です。周辺には浅間山をはじめとした美しい山々が広がり、観光やハイキング、癒しを目的とした多くの旅行者が訪れています。 小諸市内の豊かな源泉郡のひとつ 小諸市内には8つの源泉がありますが、そのうちの2つがこの菱野温泉にあります。ひとつは菱野温泉(ひしのおんせん)、もうひとつは菱野薬師の湯(ひしのやくしのゆ)です。これらの源泉は、それぞれに異なる泉質と効能を持ち、長年にわたり地元の人々や湯治客に親しまれてきました。 ...»
自然の静寂に包まれた一軒宿 高峰温泉は、長野県小諸市菱平に位置し、標高2000メートルの高峰高原に湧く静かな温泉地です。周辺は、上信越高原国立公園に指定されており、豊かな自然と高原の澄んだ空気に包まれた、まさに「天空の温泉」と呼ぶにふさわしい環境が広がっています。 この温泉地は、一軒宿の「高峰温泉」があるのみで、大自然の中に静かに佇むその姿から「ランプの宿」としても知られています。喧騒から離れ、ゆったりと流れる時間の中で心身ともに癒されることができる、特別な場所です。 温泉の泉質と効能 カルシウム・ナトリウム - 炭酸水素塩泉 高峰温泉の泉質は「カルシウム・ナトリウム-炭酸水素塩泉」...»
歴史と自然が織りなす信州の霊場 布引観音は、正式には「布引山 釈尊寺」と称され、長野県小諸市に所在する天台宗の由緒ある寺院です。本尊には聖観世音菩薩を祀り、信濃三十三観音霊場の第29番札所として広く信仰を集めています。「牛に引かれて善光寺参り」という有名な民話の発祥地としても知られ、全国から多くの参拝者が訪れています。 豊かな自然とともに歩む寺院 布引観音が位置するのは、千曲川の支流にあたる美しい布引渓谷沿いの地。豊かな自然に囲まれた境内は、四季折々に異なる趣を見せ、特に新緑や紅葉の季節には訪れる人々の目を楽しませてくれます。 布引観音の歴史 起源と創建伝承 寺伝によれば、奈良時代...»
小諸市動物園は、長野県小諸市にある市立の動物園です。1926年に設立され、長野県最古の動物園として知られています。その設立当初から現在に至るまで、数多くの動物が飼育されており、小規模ながらも非常に充実した施設を提供しています。 設立と歴史 小諸市動物園は、1926年(大正15年)に設立され、長野県内では最も古い動物園として知られています。上野動物園(東京)や大阪市天王寺動物園、名古屋東山動物園などの後に続く形で開園し、当初は日本ザル1種の飼育にとどまっていました。しかし、時を経るごとにさまざまな動物を迎え入れ、現在では約86種以上の動物が飼育されています。 新たなリニューアルと「崖上のペ...»
小諸市立藤村記念館は、長野県小諸市の懐古園内に位置し、詩人・作家である島崎藤村を顕彰するために設立された文学館です。設計を担当したのは谷口吉郎で、全国文学館協議会にも加盟しています。小諸市立藤村記念館は、藤村の生涯と業績に触れることができる貴重な場所となっています。 概要 小諸市立藤村記念館は1958年(昭和33年)4月、藤村ゆかりの小諸義塾と女子学習会の関係者によって建設され、翌1959年(昭和34年)6月に小諸市に移管されました。この記念館は、島崎藤村が小諸義塾に赴任し、小諸で過ごした1899年(明治32年)から1905年(明治38年)の間に執筆した作品を中心に展示しています。展示され...»
長野県小諸市の風光明媚な懐古園内に位置する小諸市立小山敬三美術館は、昭和を代表する洋画家、小山敬三(こやま けいぞう)の功績と作品を後世に伝えるために設立された美術館です。美術館の建物は、著名な建築家・村野藤吾氏の設計により1975年に完成し、小山敬三自身が所蔵していた作品とともに小諸市に寄贈されたものです。 美術館の特徴と建築美 この美術館の最大の魅力は、独創的な建築デザインにあります。外観から内観に至るまで、曲線を多用した造りとなっており、特に展示室の湾曲した壁面は、作品と空間が調和し、訪れる人々に深い印象を与えます。さらに、隣接する旧宅兼アトリエも移築され、「小山敬三記念館」として公...»
懐古神社は、長野県小諸市にある神社で、小諸城址公園・懐古園の中心部、本丸跡に鎮座しています。城跡と一体となったその佇まいは、単なる神社という枠を超え、小諸の歴史そのものを体感できる特別な場所として、多くの観光客や歴史愛好家を惹きつけています。 春には桜、秋には紅葉に彩られ、四季折々に異なる表情を見せる懐古園。その中核をなす懐古神社は、城とともに歩んできた小諸の歩みを静かに今へと伝えています。 小諸城廃城と懐古神社創建の背景 小諸城は、明治4年(1871年)の廃藩置県により廃城となり、明治政府によって民間へ払い下げられることとなりました。かつて藩の象徴であった城は急速に荒廃し、その姿を憂え...»
佐久市は、長野県の東信地方に位置し、群馬県と県境を接する地域にあります。市の中心部は、標高約700メートルの佐久盆地に広がっており、東部の高原地帯である佐久高原は「妙義荒船佐久高原国定公園」に指定されています。このように、自然豊かで風光明媚な環境に恵まれていることが佐久市の大きな特徴です。 歴史と発展を支える地理的特徴 佐久市の中心部は、千曲川の流域に沿って形成されており、岩村田(いわむらだ)、中込(なかごみ)、野沢(のざわ)、臼田(うすだ)といった集落が点在し、それぞれに独自の市街地を有しています。かつては中山道と佐久甲州街道が交差する交通の要所であり、宿場町として栄えた歴史を持ちます。...»
安養寺は、長野県佐久市安原にある臨済宗妙心寺派の歴史ある寺院で、宝林山(ほうりんざん)という山号を持ちます。境内には由緒ある伽藍や数々の伝説が残されており、地域に根ざした信仰の拠点として知られています。 安養寺の歴史 創建と移転 安養寺の起源は、正応年間または弘安年間(13世紀末)に遡ります。後深草上皇の勅願により、心地覚心(しんちかくしん)が信濃国佐久郡下平尾村に開創し、普化宗興国寺の末寺とされました。その後、弟子である正眼智鑑禅師(しょうげんちかんぜんじ/1331年〜1383年)がこの寺を現在の地に移し、中興の祖とされています。これに伴い山号は「妙蛾山」から「宝林山」へと改められまし...»
龍雲寺は、長野県佐久市岩村田に位置する由緒ある曹洞宗の寺院で、山号は「太田山」、本尊には十一面観音を祀っております。静かな山間にたたずむこの寺は、地域の歴史や文化に深く根差した存在であり、信仰の場としてだけでなく、多くの観光客にも親しまれています。 創建と歴史の変遷 龍雲寺の創建は鎌倉時代の正和元年(1312年)にまでさかのぼります。大井玄慶が開基となり、浄学天仲を開山として臨済宗の寺院として建立されました。しかし、その後の戦火によって一時は衰退しますが、室町時代の文明年間(1469年〜1487年)に曹洞宗の僧・天英祥貞によって再興され、現在の宗派へと改宗されました。 戦国時代の復興と武...»
貞祥寺は、長野県佐久市前山にある曹洞宗の由緒ある禅寺であり、山号を「洞源山」と称します。創建は室町時代の1521年、前山城主であった伴野貞祥(ばんの ていしょう)によって行われました。これは、父・光利の七回忌および祖父・光信の三十三回忌の追善供養のために、叔父にあたる僧・節香徳忠(せっこうとくちゅう)を招いて開山したもので、当時、永百貫文の寺領が寄進されたと記録にあります。 この寺院は、曹洞宗の教義を基盤とした典型的な禅宗寺院であり、「信州百寺」の一つにも数えられる名刹です。境内には、時代の風格を伝える重厚な建築群が立ち並び、訪れる人々に静謐な時間をもたらします。 歴史と文化財 貞祥寺は...»
旧中込学校は、長野県佐久市中込に現存する明治時代初期の擬洋風校舎であり、現在は国の重要文化財に指定されています。明治初期の教育熱心な地域社会と、当時の建築技術が融合した貴重な建物で、地域の教育史や近代化の歩みを知る上でも非常に価値の高い施設です。 旧中込学校の歴史と沿革 成知学校としての始まり 明治5年(1872年)の「学制」発布を受けて、翌年の1873年に旧中込村・今井村・三河田村の三村による組合立の学校として成知学校が開設されました。当初は、下中込村にある小林寺を仮校舎として利用していましたが、教育の本格化を目指して校舎の新築が企画され、1874年から建設が始まりました。そして187...»
馬の神を祀る歴史深き社 駒形神社は、長野県佐久市塚原字新城に鎮座する歴史ある神社です。古くからこの地に根差し、地域の人々に親しまれてきたこの神社は、室町時代に建立された本殿を有し、その建築的価値と歴史的重要性から国の重要文化財にも指定されています。 本殿は、佐久市内に残る中世の神社建築の中でも特に貴重なものの一つであり、当地の歴史や文化、そして古くからの信仰心を現在に伝える貴重な文化遺産となっています。 駒形神社の由緒と歴史 中世における再興と信仰の継承 この神社の創建年代は定かではありませんが、文明十八年(1486年)、当時佐久郡を治めていた耳取城(みみとりじょう)の城主・大井政継...»
新海三社神社は、長野県佐久市田口宮代に鎮座する格式ある神社で、通称「新海神社」とも呼ばれています。古くは佐久郡の総社として広く信仰を集めており、近世には旧県社にも列せられました。神社の御神紋は「梶の葉」で、古代の風雅を今に伝える意匠です。 祭神と神話に基づく由緒 佐久開拓の祖神・興波岐命 新海三社神社の主祭神は興波岐命(おきはぎのみこと)で、出雲神話で知られる大国主大神の孫神にあたります。興波岐命の父神は信州・諏訪の建御名方命、母神は上野国の貫前女神(ぬきさきめがみ)、すなわち荒船大明神とされています。 このように、出雲・諏訪・上野といった各地の神格を引き継ぐ神を祀ることから、神社の歴...»
龍岡城、長野県佐久市田口にかつて存在した城であり、幕末期に築かれた城郭の中でも特に珍しい構造を持つことで知られています。城主は松平乗謨(まつだいら のりかた)で、城は幕末の1863年に築城が始まり、1867年には主要な建物が完成しました。 この城は正式には「城」としての格式を持っておらず、「田野口陣屋」と呼ばれる形式の行政機関兼邸宅でしたが、その外観はヨーロッパの軍事技術を取り入れた「星形要塞(稜堡式城郭)」であり、通称「龍岡五稜郭」あるいは「桔梗城」とも呼ばれています。日本にはこの他に北海道の「函館五稜郭」しか星形要塞はなく、龍岡城はその貴重な一例です。 築城の背景と歴史 信州移転と築...»
金台寺は、長野県佐久市に所在する時宗の寺院で、正式には「紫雲山 来迎院 金台寺」と称します。宗派は時宗で、本尊は阿弥陀如来をお祀りしています。 その創建は鎌倉時代後期、弘安2年(1279年)に遡ります。開山は時宗の宗祖である一遍上人で、当時この地を治めていた武将・伴野時直(ときなお)が、上人の教えに帰依し、寺院を建立したと伝えられています。 踊念仏の聖地としての金台寺 一遍上人は諸国を遊行し、民衆に念仏を広めたことで知られていますが、ここ佐久市の金台寺周辺でも、「踊念仏(おどりねんぶつ)」という信仰形態を初めて行ったとされ、その意味でもこの地は時宗発祥の地の一つとされています。 金台寺...»
芸術と文化に触れる美術館 佐久市立近代美術館は、長野県佐久市にある公共の美術館で、駒場公園の緑豊かな一角に位置しています。美術館は、佐久市が誇る文化施設のひとつであり、地域住民はもとより、県内外から多くの美術愛好家が訪れる名所です。 開館の経緯と設立の背景 この美術館は、佐久市出身の著名な画商であり、美術年鑑社の社長を務めた油井一二(ゆい いちじ)氏(1909年~1992年)が、長年にわたって収集した日本の近現代美術の名品を、1977年(昭和52年)に佐久市に寄贈したことをきっかけに誕生しました。その後、寄贈された作品群を市民の財産として広く公開するため、1983年(昭和58年)5月26...»
子どもたちの好奇心を刺激する 佐久市子ども未来館は、長野県佐久市に位置する体験型の子ども博物館(チルドレンズ・ミュージアム)で、科学をテーマにした様々な展示や体験設備を通して、子どもたちが楽しみながら学べる施設です。愛称は「sakumo(サクモ)」と呼ばれ、地元住民をはじめ多くの家族連れに親しまれています。 2001年の開館以来、地球や宇宙、生命といった壮大なテーマを子どもにもわかりやすく伝える展示を続け、2013年10月には来館者が100万人を突破するという大きな節目を迎えました。指定管理者は一般社団法人佐久市振興公社が務めています。 展示のテーマと構成 基本テーマ:「未来への創造」...»
書道界の巨匠・比田井天来を顕彰する記念館 佐久市立天来記念館は、長野県佐久市に位置する書道専門の美術館で、近代書道の発展に大きく貢献した書家・比田井天来(ひだい てんらい)の業績を広く紹介する文化施設です。館内では、天来本人の作品はもちろん、彼の妻・比田井小琴(ひだい しょうきん)や門人たちによる優れた書の数々を鑑賞することができます。 記念館設立の背景と歴史 「比田井天来生誕の地」から始まった顕彰の動き 1968年、望月町(現在の佐久市)にある比田井天来の生家跡に、「比田井天来生誕の地」と刻まれた記念碑が建立されました。これは、地元の有志や書道愛好家で構成される「天来の会」によって進...»
うすだスタードーム(正式名称:佐久市天体観測施設)は、長野県佐久市臼田に位置する一般公開型の天文台です。1996年(平成8年)11月29日に開館し、以来、多くの天文ファンや家族連れに親しまれてきました。星や宇宙に親しむことのできる貴重な施設であり、特に夜間に開催される観望会は、予約なしで参加できる全国的にも珍しい取り組みとして注目を集めています。 この施設は、JAXA臼田宇宙空間観測所のある地域において、「星の町うすだ」宣言に基づいて整備されたもので、星や宇宙に関連する教育・文化活動を地域に根付かせることを目的としています。2005年には市町村合併により、佐久市が施設の管理運営を引き継ぎ、現...»
佐久ホテルは、長野県佐久市岩村田に位置する、歴史と格式を誇る宿泊施設です。温泉宿としての魅力と、ビジネスや観光にも対応したホテル機能を兼ね備えています。その創業は、室町時代の正長元年(1428年)にまでさかのぼり、長野県内で最も古い老舗として知られています。 佐久ホテルの歴史 室町時代の創業と武将たちの足跡 創業は室町時代、正長元年(1428年)。当時、望月城主・望月河内守がこの地に宿泊と食事を提供する施設を設けたことが始まりとされています。その後、佐久ホテルのある場所は時代の流れの中で多くの歴史人に利用され、特に戦国時代には武田信玄がこの宿を訪れ、入浴したとの記録も残されています。 ...»
佐久一萬里温泉ホテルは、長野県佐久市中込に位置する温泉付きの総合ホテルです。かつては「ゴールデンセンチュリー」として知られ、地元の方々から観光客まで幅広く利用されてきました。現在は、ブリーズベイホテルグループによって再生され、新たな魅力を加えながら、再び地域に親しまれるホテルとして営業しています。 佐久一萬里温泉ホテルの歴史 創業と全盛期 ホテル一萬里株式会社は、1967年に長野県北佐久郡軽井沢町で創業。その後1989年7月に佐久市中込へ本社を移し、同年12月に佐久一萬里温泉ホテルゴールデンセンチュリーを開業しました。当時は地上11階・地下1階、客室数150室、収容人数350人という、佐...»
長野県佐久市で開催される春の恒例イベント 佐久バルーンフェスティバルは、毎年5月3日から5日にかけて長野県佐久市で開催される、全国的にも有名な熱気球の大会です。美しい千曲川の流れと雄大な浅間山を背景に、色とりどりの熱気球が空を舞う光景は、多くの来場者に感動を与えています。 このイベントは、競技としての本格的な熱気球飛行を観覧できるほか、ファミリーで楽しめる体験型アクティビティやステージイベント、夜間の幻想的なバルーンイリュージョンなども開催され、佐久市最大級の観光イベントとして定着しています。 開催概要と見どころ 開催場所と日程 千曲川スポーツ交流広場を主会場として、毎年5月3日~5...»
発酵の知恵と甘みが詰まった伝統の味 おなっとうとは、長野県東部に位置する佐久市(佐久地域)に古くから伝わる発酵食品で、ご飯に麹(糀)を混ぜて発酵させて作る甘い郷土料理です。「おなっとう」という名称は、現在一般に知られる「納豆」(糸を引く豆の発酵食品)とは異なり、米を主原料とした発酵料理を意味しています。 この料理は、麹菌が米のデンプンを分解して糖分に変えるという、自然の発酵作用を活かしたもので、ほんのりとした甘さとやわらかな舌触りが特徴です。黒豆やササゲなどを加えたバリエーションもあり、寒い季節に家庭で楽しまれる伝統的な味です。 おなっとうの歴史と文化的背景 「おなっとう」の語源と納豆...»
安養寺ラーメンは、長野県佐久市の地域資源を生かしたご当地ラーメンであり、2008年に地元の有志と商工会議所、味噌蔵、そして安養寺の住職らによって共同開発された、新しい形の地域活性化メニューです。「安養寺みそ」と呼ばれる地元産の味噌を活用し、その豊かな風味を前面に打ち出したラーメンは、誕生以来多くの人々に親しまれ、佐久の観光やグルメ文化を象徴する存在となっています。 佐久市と味噌文化 信州味噌発祥の地・安養寺 佐久市は、信州味噌の発祥地として知られており、その中心にあるのが臨済宗妙心寺派の古刹「安養寺」です。この寺の名前を冠した「安養寺みそ」は、地元・佐久の岩村田にある「和泉屋商店」によっ...»
立科町は、長野県中部に位置する北佐久郡の町で、美しい高原と歴史ある宿場町の風情が調和する自然豊かな地域です。町名は、町の南端に広がる美しい山「蓼科山(たてしなやま)」に由来しており、かつては「立科山」とも表記されていた歴史があります。現在の「立科町」という地名は、当用漢字に「蓼」の字が含まれていなかったことにも関係しています。 地理と町の構造 立科町は、南北に細長く広がる地形を持ち、南部は標高が高い高原地帯、北部は町民の約9割が生活する里地帯に分かれています。両エリアの間は「くびれ」のように狭まっており、町の形状は「砂時計」あるいは「ひょうたん」に例えられます。この最も狭い部分は、雨境峠地...»
白駒の池は、長野県南佐久郡佐久穂町と小海町との境界に位置する、北八ヶ岳の麓・八千穂高原に広がる神秘的な湖です。標高2,115メートルの高地にあり、標高2,100メートル以上にある湖としては日本最大を誇ります。その美しい景観と自然環境から、四季を通じて多くの観光客や登山者を魅了しています。 湖の特徴と魅力 湖は清冽な水をたたえ、周囲を取り囲む原生林や苔むした森と一体となって幻想的な雰囲気を生み出しています。特に秋の紅葉は圧巻で、湖面に映り込む赤や黄色の木々がまるで絵画のような美しさを見せます。遊歩道も整備されていますが、苔で滑りやすい箇所があるため、スニーカーやトレッキングシューズの着用が推...»
八千穂高原は、長野県南佐久郡佐久穂町に位置する自然豊かな高原です。八ヶ岳の北麓に広がるこの地域は、大規模な観光開発が行われなかったため、長野県内の他の有名な高原に比べて素朴であり、昔からの自然の魅力をそのまま残しています。 高原を縦断するように国道299号が走っており、秋には白樺やカラマツの紅葉が美しく彩り、ドライブコースとして訪れる人々に人気があります。特に、茅野市と佐久穂町の境に位置する麦草峠(標高2,127m)は、日本の国道の中で2番目に標高が高い地点として知られており、四季折々の絶景を楽しめるスポットです。この峠から茅野市方面へ下れば、蓼科高原へと続きます。 八千穂高原の見どころ ...»
津金寺は、長野県北佐久郡立科町に位置する由緒ある天台宗の寺院で、山号は「慧日山」、院号は「修学院」と称されます。本尊には聖観世音菩薩が安置され、古くから人々の厚い信仰を集めてきました。かつては「信濃国天台五山」の一つに数えられ、学問・修行の場としても大きな役割を果たしてきた名刹です。 創建は飛鳥時代、大宝2年(702年)にさかのぼり、名僧・行基によって開かれたと伝わります。その後、鎌倉時代には滋野氏の庇護を受けて寺勢は隆盛を極め、建治2年(1276年)には日本最古の天台宗談義所が設けられました。学僧が修行し、知識を深める場として栄えた津金寺は、今日に至るまで長野県内でも屈指の歴史を誇る寺院と...»
東御市は、長野県の東部、いわゆる東信地方に位置する自然豊かな市です。2004年に東部町と北御牧村が合併して誕生し、それぞれの名前から一文字ずつを取り「東御市」と名付けられました。この市名にちなみ、毎年10月3日は「東御の日」として記念されています。 地理と自然環境 東御市は、標高の高低差が大きく、最高地点は標高2,228メートルの東篭ノ登山、最低地点は標高470メートルの千曲川西海野地籍と、多様な自然環境が広がっています。市の面積は、東西約14.7km、南北約16.5kmにわたっています。 主な山岳 市内には、美しい山々が点在しており、烏帽子岳(2,066m)、湯ノ丸山(2,101m)...»
海野宿は、長野県東御市本海野地区に位置する、江戸時代における北国街道の歴史的な宿場町です。古くは信濃国の海野氏の領地として城下町の役割を担い、江戸時代以降は宿場町として、北国街道の中継地点として栄えました。現在でも、通りの両側に約100棟におよぶ歴史的な建築物が残り、当時の町並みを今に伝えています。その価値は高く評価されており、「日本の道100選」に選出され、さらに「重要伝統的建造物群保存地区」としても指定されています。 歴史と文化遺産 発祥と城下町としての歴史 海野宿の起源は平安〜鎌倉時代にさかのぼり、当時は海野氏を中心とする領地「海野郷」「海野荘」として発展しました。特に源義仲(木曾...»
湯の丸高原は、長野県東御市と群馬県吾妻郡嬬恋村にまたがる標高1,800m~2,000mの高原地帯で、上信越高原国立公園の一角を成しています。東には湯ノ丸山、西には浅間連峰がそびえ、周囲を2,000m級の山々に囲まれた美しい自然環境が広がっています。 豊かな自然と高山植物 この高原は「花高原」とも呼ばれ、特に6月下旬には国の天然記念物に指定されている約60万株の「湯の丸レンゲツツジ」の大群落が一斉に開花し、多くの観光客を魅了します。高原には亜高山帯特有の植生が広がり、湿原や高山植物の群生地も見られ、四季折々の彩り豊かな風景が訪れる人々を癒してくれます。 主な周辺の山々 湯の丸山をはじめ、...»