花見の名所
明治以降、陸軍の練兵場として使用されていた五稜郭は1913年から公園として解放された。
1913年から10年かけてソメイヨシノを植樹し、1923年には五稜郭に植樹した桜が1万本に達したことを記念して「一万号記念桜樹碑」建てられた。
この桜は現在も約1,600本が残っており、北海道内有数の花見の名所となっている。
箱館奉行所
日本の北辺防備の拠点として設置された江戸幕府の役所。
1854年にペリー来航で江戸幕府はアメリカと日米和親条約を締結。アメリカに対し下田と箱館(現在の函館)の2港を開港し、200年あまり続いた鎖国は終わり日本は開国した。
箱館奉行所は当初、箱館山の麓に置かれていたが、五稜郭が築かれ、その内側に建物が建築されて1864年に移転した。
完成からわずか2年後の1868年に江戸幕府が崩壊。
戊辰戦争で最後の戦いとなる箱館戦争の舞台となり、1871年にわずか7年で解体された。
古写真や文献資料・古図面などの調査を重ね、2010年に復元。
五稜郭タワー
塔体が星形、展望台が五角形になっている高さ107メートルある展望タワー。
90メートルの展望台からは360度の景色が望め、星形の五稜郭と函館市街地が一望できる。
当初の設計は星形ではなかった
五稜郭は箱館に入港する外国の大砲が充実した軍艦に対応するため、当時のヨーロッパの築城術を参考に設計図を完成させた。
しかし予算不足と開港後の外国の脅威が予想ほどではなかったことから、外構工事は縮小された。
現在、星形の南西の1ヶ所に一の橋で結ばれた半月堡があるが、当初は5ヶ所を計画していて、星を36度回して星を2つ重ねた形の設計図だった。