明治神宮

(めいじじんぐう)

73ヘクタール(約22万坪)に及ぶ広大な神域の神社。内苑と外苑に分かれている。

本殿を中心に厄除・七五三などの祈願を行う神楽殿、「明治時代の宮廷文化を偲ぶ御祭神ゆかりの御物を陳列する」明治神宮ミュージアム、「御祭神の大御心を通じて健全なる日本精神を育成する」武道場至誠館、神道文化の国際的な発信を行う明治神宮国際神道文化研究所などがある。

新年には毎年のように国内外から観光客が集まり、初詣では例年の参拝者数が全国1位となっている。

祭神は明治天皇と昭憲皇太后で、明治天皇崩御後の1920年に創建。
本殿、内拝殿、外拝殿(げはいでん)などの社殿36棟が国の重要文化財に指定されている。

内苑の人工林
元々の社地のほとんどは原野が広がる土地で、神社設営のために人工林を作るために、内苑の深い杜の木々は全国からの献木によるもので、創建当初に全国から365種約12万本が献木され、1970年には247種17万本まで増えた。2019年には樹木数は約3万6000本に減っている代わりに、残った木が巨木化しつつある。

外苑には、野球場、テニスコート、ゴルフ場、フットサルコートなど各種スポーツ施設が完備されている。また世界的にも有名なイチョウ並木が外苑にある。

神宮御苑
江戸時代から大名下屋敷の庭園として使われていた。明治天皇と昭憲皇太后にゆかりの深い名苑であり、この地の風光をこよなく愛した皇太后はしばしば行啓したほか、明治天皇は隔雲亭という御茶屋を建て、四阿(あずまや)を作り、池には菖蒲を植え、回遊歩道を設けて美しい庭園とされた。内苑の中で唯一、神社鎮座前から樹木が生えていた。

隔雲亭は太平洋戦争末期に、空襲によって焼失したが、戦後に篤志家によって復元された。
現在、苑内には隔雲亭や四阿のほか、お釣台、菖蒲田、清正井などがある。菖蒲田のハナショウブ(花菖蒲)は明治天皇が昭憲皇太后のために植えさせられたといわれ、6月が最盛期である。また、11月下旬から12月上旬には、紅葉を愛でることができる。

社殿
創建時の明治神宮社殿の造営は、内務大臣所管の明治神宮造営局が担当した。1915年に起工、1920年に完成した。1945年、太平洋戦争の空襲で本殿、拝殿を含む中心部分の社殿が焼失したが、拝殿の南に建つ南神門・東神門・西神門やその周辺の建物群は創建当時のものが現存している。

再建社殿の設計は角南隆が担当し、1958年に完成した。創建時の社殿は、南北の中軸線上に南から北へ南神門、拝殿、中門、本殿が建ち並ぶ構成であったが、角南のプランでは、中門を廃し、拝殿を外拝殿と内拝殿の2棟に分けている。また、社殿の屋根は檜皮葺から銅板葺に変更された。

外拝殿以北の、本殿を含む区画を内院、その南の廻廊と神門で囲まれた区画を外院(げいん)と称し、これらの全体を玉垣で囲んでいる。

内院には本殿、内拝殿及び祝詞殿(合わせて1棟)のほか、内院渡廊、宝庫(地下に所在)、神庫、内透塀及び北門(合わせて1棟)、神饌所及び渡廊(合わせて1棟)、旧祭器庫、北廻廊、外透塀、北神門が建つ。

外拝殿より南の外院には南神門、東神門、西神門、外院廻廊(直会殿を含む)が建つ。

このほか、南・東・西の手水舎、南神門の手前にある宿衛舎と祓舎、南参道の神橋、南参道・北参道・西参道の各入口にある制札が重要文化財に指定されている。

宝庫(鉄筋コンクリート造、地下1階建)と神橋(コンクリート橋)以外の重要文化財指定物件はいずれも木造、銅板葺きである。

角南設計の復興本殿は三間社流造で、創建時の形式を踏襲しているが、屋根上の千木と堅魚木を大きくするなど、デザインには創建時との相違がみられる。

その他の主要建物のうち、内拝殿は切妻造の主体部に千鳥破風と軒唐破風を設ける。外拝殿は入母屋造、南神門は入母屋造三間楼門、東神門・西神門は切妻造四脚門である。

Information

名称
明治神宮
(めいじじんぐう)
Meiji Jingu Shrine
リンク
公式サイト
住所
東京都渋谷区代々木神園町1-1
電話番号
03-3379-5511
アクセス

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参宮橋駅から徒歩で10分 *小田急線

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神社 神社・仏閣・寺院・教会 動物生息地・植物群生地

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