水間寺の歴史
水間寺の開創は、奈良時代の天平年間(729年〜749年)にさかのぼります。寺伝によれば、聖武天皇が病に伏せっていた際に夢のお告げを受け、行基に観音菩薩を探すよう命じたことが始まりとされています。
行基は白鳥に導かれ、和泉国(現在の貝塚市)に到達します。そこで16人の童子(観音菩薩の化身)に出会い、彼らの案内によって「水間」の地へたどり着きました。さらに滝のそばで竜神が現れ、行基に聖観音像を授けたと伝えられています。
戦国時代の動乱と復興
中世以降、水間寺は武家の庇護を受けて発展しましたが、天正13年(1585年)の豊臣秀吉による紀州征伐の際、根来寺とともに戦火に巻き込まれ、堀秀政の軍勢によって焼失しました。
その後、一時衰退したものの、江戸時代に岸和田藩主・岡部氏の帰依を受け、元禄年間(1688年〜1704年)には堂宇が再建されました。しかし、天明4年(1784年)の火災で再び焼失。文化8年(1811年)に本堂が再建され、文政10年(1827年)には諸堂も復興しました。
江戸時代の広まりと近代の発展
水間寺は江戸時代に全国的に知られるようになります。そのきっかけとなったのが、井原西鶴の『日本永代蔵』(1688年)です。第1話「初午は乗て来る仕合」では「泉州水間寺利生の銭」と記され、金運にまつわる話として多くの人々に語り継がれました。
1925年(大正14年)には、水間寺への参拝客を運ぶための水間鉄道水間線が開通し、よりアクセスしやすい寺院となりました。近年では、行基菩薩を導いた16人の童子にちなんだ「厄除け十六童子・脇導師」の焼き物が、清児駅から水間寺境内までの「厄除け街道」に設置され、新たな観光スポットとなっています。
三重塔と「利生の銭」
水間寺の三重塔には、「利生の銭」にまつわる伝説があります。江戸時代、ある廻船問屋が水間寺から「利生の銭」として1貫文を借り、そのまま返さずにいました。しかし、13年後、馬の背に元金と利息を揃えて持参し、寺に返納。その銭をもとに三重塔が建立されたと伝えられています。
この話は井原西鶴の『日本永代蔵』にも記されており、江戸時代の経済観念や信仰心を示す興味深いエピソードとなっています。現在の三重塔は天保5年(1834年)に岸和田藩主・岡部長愼によって再建されたものです。
水間寺の見どころ
境内の文化財
水間寺の境内には、貝塚市指定の有形文化財が多く存在しています。
- 本堂 - 文化8年(1811年)に再建された本堂で、貝塚市の有形文化財として指定されています。
- 三重塔 - 天保5年(1834年)に再建され、大阪府内に現存する唯一の三重塔であり、歴史的価値の高い建造物です。
- 行基堂 - 行基菩薩を祀る堂で、貝塚市指定の有形文化財として保存されています。
聖観世音出現の滝
聖観世音像が行基に授けられたとされる「出現の滝」は、現在も本堂裏の秬谷川(ひえたにがわ)にその跡が残っています。滝の近くには「聖観音菩薩出現の滝」と墨書されたボードが設置され、訪れる人々に当時の神聖な場面を思い起こさせます。
その他の建造物
- 護摩堂 - 護摩祈願が行われる堂です。
- 鐘楼 - 境内に響く鐘の音は参拝者に安らぎを与えます。
- 経堂 - 経典が収められている堂です。
- 三所権現 - 熊野権現、蔵王権現、白山権現を祀る神社。
- 愛染堂 - 縁結びの神として信仰を集めています。
水間寺の年中行事:伝統の千本搗き
水間寺では、古くから伝わる伝統行事「千本搗(つき)」が毎年行われています。長い棒を持った人々が臼を囲んで餅をつくこの行事は、聖武天皇や光明皇后が来訪した際に、歌に合わせて棒で餅をついて本尊に捧げたことが始まりとされています。
周辺の札所巡り
水間寺は新西国三十三箇所の第4番札所であり、また和泉西国三十三箇所や南海沿線七福神巡りの札所にもなっています。これにより、多くの巡礼者が訪れるスポットとなっています。
- 新西国三十三箇所 - 第4番札所としての水間寺は、鶴満寺や道成寺とともに巡礼ルートに含まれています。
- 和泉西国三十三箇所 - 第26番札所として知られ、地域の観音信仰に根付いた寺院です。
- 南海沿線七福神(弁財天) - 七福神巡りの弁財天としても信仰を集めています。
水間観音駅
大阪府貝塚市水間にある水間鉄道水間線の駅で、同線の終着駅です。水間寺への最寄駅として、多くの参拝客が利用しています。第1回近畿の駅百選にも認定されており、その歴史と趣のある駅舎は、鉄道ファンだけでなく、観光客にも注目されています。
開業当時からの駅舎は、水間寺にちなんだ二重塔のデザインが特徴で、国の登録有形文化財にも登録されています。2018年のリニューアルでは、「苔玉の駅」としてのブランド化を目指し、駅舎のデザインが一新されました。
1番線側には、カフェ「まち愛Cafe みずがめ庵 和」があり、利用客に休憩スペースを提供しています。駅の裏手には、501形電車(元南海1201形電車)1両が静態保存されており、鉄道ファンにとっては見逃せないスポットとなっています。
アクセス情報
水間寺へは、水間鉄道水間線の水間観音駅から徒歩約7分でアクセス可能です。また、JR西日本阪和線和泉橋本駅から路線バスで「水間観音駅」まで移動し、そこから徒歩7分ほどで到着します。
周辺スポットと観光
水間寺周辺には、貝塚市の他の観光スポットも点在しています。観音堂が国宝に指定されている「孝恩寺」や、本堂が重要文化財に指定された「願泉寺」など、歴史的価値のある寺院巡りを楽しむことができます。また、「二色の浜海水浴場」や「奥水間温泉」など、自然を満喫できるスポットもあり、水間寺を訪れる際には周辺観光も楽しむことができます。
水間寺は、歴史ある仏教文化と地域に根付く信仰が融合した大阪府貝塚市の代表的な寺院です。伝統行事や文化財が守り伝えられており、訪れる人々に歴史と文化を感じさせます。特に、聖観世音出現の滝や三重塔、本堂など見どころが多く、静寂の中に佇むその姿は多くの人々に心の安らぎをもたらします。
また、周辺には観光や参拝に訪れる人々を楽しませるスポットが充実しており、水間寺を訪れることで、貝塚市の自然と歴史に触れることができます。ぜひ、水間寺を中心に貝塚市を散策し、心安らぐひとときをお過ごしください。