嵐山・嵯峨野の名所「竹林の小径」の中にある神社で、学問・恋愛成就・子宝安産等の祭神を祀る。
1000年頃、平安時代に紫式部が書いた長編物語「源氏物語」賢木の巻の舞台にもなっていて、縁結びの社として人気が高い。
樹皮がついたままの鳥居「黒木の鳥居」や美しい苔の庭園があり、長い年月の風情がある。
古代からおよそ660年間、天皇が新たに即位するごとに都から伊勢神宮へ斎王(未婚の皇女もしくは女王から選ばれる)が遣わされた。
野宮は、天皇の代理として伊勢神宮に仕える斎王が伊勢に行く前に1年間、身を清める場所として、嵯峨野の清らかな場所を選んで一時的に造営される殿舎。
一代で取り壊される習わしで、樹皮がついたままのクヌギの原木を使用し作られた貴重な「黒木鳥居」(日本最古の鳥居形式)とクロモジ(黒文字、クスノキ科の落葉低木)で作られた垣根「小柴垣」に囲まれた聖地だった。
斎王制度は後醍醐天皇の時に南北朝の戦乱で廃絶したが、64人の姫君が遣わされていたと言い伝えられている。
野宮の場所は毎回異なっていたが、嵯峨天皇の代の仁子内親王のときから現在の野宮神社の鎮座地に野宮が作られるようになった。
斎王の制度が廃絶した後は、天照大神を祀る神社として存続し、現在まで皇室からの厚い崇敬を受ける。
境内社の野宮大黒天は縁結びの神として有名。
大黒天に参詣し、その横にある石「神石(亀石)」に願い事を念じながらさすれば、一年以内に願いが叶うと言われている。
石は多くの参拝者の祈願によって美しく黒光りしている。
広さは約20坪と庭園と呼ぶにはこじんまりとしているが、苔を用いて嵐山の景観を表現していて、白い小石でできた桂川に小さな渡月橋が架けられている。
優しい緑色でふわっとした質感の苔がじゅうたんのように広がりながらこんもりと起伏していて、木々の隙間から差し込む光を浴び、幻想的で美しい小さな苔庭が見られる。
モミジ・椿・石楠花・馬酔木などが境内を彩り、季節毎にその表情を変え参拝者を楽しませる。
日本文学史上最高の傑作とされる紫式部の書いた物語作品『源氏物語』。
全部で54帖からなる中の「賢木」帖で野宮が主人公である光源氏(ひかるげんじ)と六条御息所(ろくじょうみやすどころ)の別れの舞台となり、後に能『野宮』の題材にもなった。
六条御息所は16歳で東宮(皇太子)の妃となり、二人の間に娘が生まれたが、20歳で東宮と死別。24歳の頃に、元東宮の弟である年下の光源氏と恋愛関係に陥る。
光源氏は、段々と六条御息所が美しく気品があり、教養、知性、身分ともに優れているため持てあますようになり、心が冷めて足が遠のく。
光源氏にのめりこんでいく六条御息所は、彼を独占したいと渇望しながらも、年上だという引け目や身分高い貴婦人であるという誇りから素直な態度を男に見せることができず、自分を傷つけまいと本心を押し殺す。
この自己抑圧が、六条御息所を生霊、死霊として活躍させる。
押し殺した妬心が、抑制の失われる度に身からさまよい出て、源氏の愛する女君たちに仇を成すようになる。
六条御息所は、己の髪や衣服から悪霊を退けるために用いる香の匂いがするのを知って、我が身が生霊となって光源氏の正妻に仇をなしたか、と悟りおののく。
光源氏の愛を完全に失ったと察した六条御息所は、彼との関係を断ち切るため斎宮になった娘に付き添い野宮に入る。
光源氏は野宮にいる六条御息所を訪ねる。
京の都を離れて嵯峨野の奥まで来てみると、しみじみと物寂しさを感じる。
秋草の花は盛りを過ぎ、弱々しい虫の声と松を吹き抜ける風の中に、微かな楽器の音色が、とだえとだえに聞こえてくる。なんと風流な趣きだろうか。
野宮はちょっとした小柴垣を外囲いにした質素な構えで、簡易に作られた板葺の家々がそこかしこに建っている。
黒木の鳥居は神々しく見えて、なんとなく配慮すべき様子であり、神官の者たちがあちらこちらで咳払いをして互いに何かを話している気配も、他の場所とは様子が違うよう思える。
かがり火を焚いた小屋がかすかに照らされて、人が少なく湿っぽい空気を感じる、こんな所に思い人(六条御息所)が世間を離れ幾月も暮らしていたのかと思うと、たまらなく心苦しい。
~~ 中略 ~~
光源氏は六条御息所に会いたいときに会うことができ、彼女も自分のことを慕っていたころは、いい気になってのんびりと構えて、それほど彼女のことを気にかけなかった。
また内心でどういうことかと六条御息所に欠点があると思ってからは、彼女への情も冷めていき、このように二人の間柄も縁遠くなったが、久しぶりの対面で昔を思い出して心が乱れる。これまでのこと、これからのことを思うと、心弱くも泣いてしまった。
六条御息所は、光源氏への断ち難い思いを見せないように、つつましく振る舞おうとしているが、それでも感情をこらえることができない様子。
光源氏にすればますます心苦しく、伊勢に行くことを思い留まるように説得する。
月も隠れた秋の夜空を眺めながら、光源氏の話を聞いているうちに、六条御息所の胸の中に降り積もった苦しみや辛さは消えていった。
思いを断ち切ると決めたはずなのに、会ったら心が揺れ、別れがつらくなってくる。
だんだん明けていく空の様子は、特別に作り出したかのようだ。
「暁の別れはいつも露けきを こは世に知らぬ秋の空かな」
(明け方の別れにはいつもしめっぽいが 今朝の別れはこの世には知られていない秋の空だ)
※「秋の空」は空気の澄んだ、すがすがしい青空の意味で使われる
光源氏が立ち去りにくそうに六条御息所の手をつかんでじっとしていて、その姿に、とても心惹かれているよう。
風が冷やかに吹いて、松(待つ)虫の鳴き枯らした声も折を心得ている様子。どうしようもないほどの心を乱している二人にとっては、かえって歌も詠むことができないのだろう。
「おほかたの秋の別れも悲しきに 鳴く音な添へそ野辺の松虫」
(ただでさえ秋の別れは悲しいものなのに、さらに鳴いて悲しませないでくれ、野の松虫)
悔やまれることは多いが、もはやどうしようもないことなので、明けていく空もきまりが悪く、出発した。
道中は涙にくれるのだった。
このように六条御息所は光源氏と最後の別れを惜しんだ後、斎宮と共に30歳で伊勢に下った。
(源氏物語 賢木より一部を現代語訳)
自由参拝
JR京都駅から市・京都バスで45分
JR嵯峨野線嵯峨嵐山駅から徒歩で10分