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備中松山城

(びっちゅうまつやまじょう)

現存天守の唯一の山城

備中松山城は、岡山県高梁市内山下に位置する日本の城で、山城の代表格として知られています。正式には「松山城」と称されますが、他地域の同名の城と混同を避けるため、一般的には「備中松山城」と呼ばれます。現存する12の天守を持つ城の一つで、これらの中で唯一の山城であり、標高430メートルの小松山山頂にその姿を残しています。

城の成り立ちと重要性

臥牛山の四峰に築かれた要塞

備中松山城は、臥牛山(がぎゅうざん)と呼ばれる四つの峰からなる山の一部に築かれています。標高487メートルの山頂から南稜線にかけて多くの遺構が残されており、その中でも小松山にある現存天守は標高430メートルの高さに位置しています。この天守は、1683年に松山藩主である水谷勝宗によって完成され、現在もその姿を保っています。

戦国時代の激しい争奪戦

備中松山城は、山陰と山陽を結ぶ要衝であり、東西の主要街道も交差する戦略的な地に位置していたため、戦国時代には激しい争奪戦が繰り広げられました。城主は度々交代し、その度に城の改修や増築が行われました。特に、登城坂の周囲には高さ10メートル以上の切り立った岩壁がそびえ立ち、難攻不落の名城としてその名を轟かせました。

天守と城の構造

現存天守の特徴

備中松山城の現存天守は、2層2階建てで、西面には半地下のように付櫓(廊下)が附属する複合式望楼型天守です。天守への入口は、当初は八の平櫓から渡櫓を経て入る構造でしたが、現在は西面にある出入口から入ることができます。外観は、建物の高さが約11メートルと現存する12の天守の中では最も小規模ですが、その位置する高さにより一層の威厳を感じさせます。

天守の内部と構造

天守の内部には、1階に調理や暖を取るための長囲炉裏が設けられていますが、城内での火の使用はほとんどなかったとされています。一段高い場所には「装束の間」があり、ここは城主の御座所とされており、城が攻められた際には自害するための場所とも言われています。2階には「御社壇(ごしゃだん)」と呼ばれる部屋があり、9柱の神々が祀られています。

備中松山城の歴史的背景

鎌倉時代から安土桃山時代まで

備中松山城の歴史は、鎌倉時代の仁治元年(1240年)に秋庭三郎重信が大松山に築いた城がその始まりとされています。戦国時代には、城主である三村元親がこの地を拡張し、備中全域を支配する一大城塞へと成長しました。しかし、毛利氏との戦いに敗れ、最終的には毛利氏の領有となりました。

江戸時代とその後

江戸時代には、池田氏、水谷氏、安藤氏、石川氏、そして最後に板倉氏が城主としてこの地を治めました。慶長5年(1600年)には関ヶ原の戦いで敗れた毛利氏に代わり、江戸幕府が城番を置きました。その後、天和元年(1681年)から3年間にわたり大規模な修築が行われ、現在の天守が完成しました。

備中松山城の見どころと観光

雲海に浮かぶ天空の城

備中松山城は、近年では「雲海に浮かぶ天空の山城」として全国的に人気を集めています。9月下旬から4月上旬にかけて、特に10月から12月にかけては、早朝に発生する雲海が城を包み込み、その幻想的な風景は写真愛好家や観光客にとって一大スポットとなっています。雲海展望台からは、この絶景を一望することができます。

アクセスと観光情報

備中松山城へのアクセスは、標高87メートルの登山口バス停から始まり、城見橋公園やふいご峠などを経て城へと向かいます。徒歩での登城は約1時間ほどかかりますが、シャトルバスを利用すればふいご峠までの移動が容易です。城見橋公園からの徒歩ルートも人気があり、自然を感じながら城へと向かうことができます。

備中松山城の問題点と保全活動

石垣崩落の危険性

備中松山城の大手門跡には巨大な岩がそびえ立ち、その上には厩曲輪石垣が築かれています。しかし、この巨岩は樹木の成長により割れ目が広がり、さらに上部の石垣が重みでズレを生じ、将来的な崩落の危険性が指摘されています。これに対処するため、1999年から高梁市教育委員会と京都大学防災研究所が共同で監視システムを設置し、調査と観測を行っています。

獣害とその対策

備中松山城が位置する臥牛山には、野生の猿が生息しており、城の建造物に被害を与えることが問題となっていました。そのため、平成の復元整備の際には、主要建造物の周囲に高圧電線を設置し、猿やイノシシなどの侵入を防止する対策が施されています。

猫城主「さんじゅーろー」の登場

猫城主「さんじゅーろー」と観光への影響

備中松山城は、平成30年7月豪雨の後に城に住み着いた猫「さんじゅーろー」が「猫城主」として人気を博しています。この猫は、元々は飼い猫でしたが、豪雨の際に城へと迷い込み、その後城に居つくようになりました。観光客にも親しまれ、観光地としての魅力を一層高める存在となっています。

「さんじゅーろー」の再入城と保護

「さんじゅーろー」はその後、飼い主が見つかりましたが、城に居ついたことから観光協会に譲渡され、正式に「猫城主」として再入城しました。観光客からの人気も高く、備中松山城は「さんじゅーろー」を通じて再び脚光を浴びることとなりました。彼の存在は、城の歴史に新たな章を加えるものとして今後も注目されています。

Information

名称
備中松山城
(びっちゅうまつやまじょう)
Bicchu Matsuyama Castle
住所
岡山県岡山市北区後楽園1-5
電話番号
086-272-1148
エリア
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